金曜日ではないが、今日も泊まりにやってきている従兄妹に会うために、侑と治は足取り早く自宅に向かう。
「「ただいまー」」
「おかえり!治くん、なまえといっしょにおふろ入ろ」
意図せず揃った2人の声の元になまえは足早に駆け寄ると「なまえおいでー」と両手を広げる侑ではなく「ツム、ちゃんとしろや」と靴を脱ぎ捨てた片割れにゲンナリした顔の治の方に声をかける。
「ええけど、前にもう一人で入れる言うてなかった?」
「なんでサムだけなん、俺は!?」
「もう1年生やから一人で入れるけどね、今日は治くんのあたまあらってあげんねん!」
治はつい最近、風呂に1人で入れると豪語していたなまえが一転したことに急にどうしたのかと思案する。怖いもんでも見たんか?と考えるが、怖がって甘えてきてる様子もなく、むしろ治とお風呂入ることにやる気さえ感じる。何にせよ、甘えられて嬉しくないわけがないので、どんな理由だとしても関係はない。またオカンに俺らがちゃんとするように頼まれたんかなと適当に結論づけた。
「ふーん、じゃあ二人で入ろか」
「うん!!」
望み通り、一緒に入る約束をするとなまえの表情がパァッと明るくなる。大したお願いを聞いたわけでもないのに、心の底から嬉しそうに笑うなまえのお願いは何だって聞いたあげるのにと治は思う。しかし、ほんわかしたムードの2人に先程から無視され続けてる侑は全く面白くはない。
「やから、俺は!?」
「靴も揃えれんやつとは入りたくないよなー」
「ハァ!?それくらいできるわ!!」
「侑くんとあそびたいおもちゃもってきてん!あとであそんでくれる??」
「そうゆうことなら、しゃあないなぁ!」
なまえの一言で侑はケロッと機嫌が治る。治にくっついてたなまえを治から奪うように抱きあげると、結局揃えられてない散らばった靴を見たなまえに「おくつそろえようね」とサラリと言われる。こんな時でも双子の母から頼まれた侑と治の誘導係として活躍するなまえであった。
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シャンプーを手に取り、なまえの柔らかい髪を逆立てたり変な髪型にしてら遊べば、浴室にケラケラ笑うなまえの高い声が響いた。そして言ってたように、今度はなまえが小さな手で一生懸命、治の頭を洗いながら「かゆいとこないですかー」と治に声をかける。どうやら美容師のつもりらしい。
美容師ごっこがしたくて風呂に誘ったのか、それやったら侑でもええはずやのになと治はシャンプーが目に入らないよう目を閉じながら、練習で疲れてうとうとする頭で思った。
「…治くんのかみ、白くならへん」
「え、なんて?」
シャワーで洗い流した治の髪の毛を見て、なまえの言い放った言葉にギョッとして治は思わず聞き返した。先程までの眠気が一気に吹き飛ぶ。
「治くんのかみのけ、白くならへんの?」
「まだ高校生やから、白なるんはまだまだ先やで」
突拍子のない話を不思議に思いながら答えるとなまえは少し残念そうに眉尻を下げた。
「髪の毛白いのが好きなん?」
「王子さまの本のつづきでな、王子さまはまほーの雨でかみが白くなるねん」
話の真相を知るべく、湯船に浸かりながら話を聞けばどうやら原因はお気に入りの絵本のせいらしい。治が覚えてしまった絵本の方ではなく続編の話の為、治には思いつきもしなかった。
そういえば、風呂に入る前に真新しい本を「パパにもらったの!」と見せてもらったのを思い出す。日頃から治を王子様と慕っているので、治の髪も白くなるのではと考えたようだ。だから侑ではなく治だけをお風呂に誘ったとようやく気づく。
「んー、これは水道水やからなー」
「そっかー、」
なんとも子どもらしい発想に可愛えなぁと治は笑みをこぼすが、白くならないと分かったなまえがちょっぴり残念そうに笑ったのを見て、髪白くしたろかなと本気で思うのだった。
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後日、稲荷崎にて。
「双子、その服かっこええやん」
「お!アラン君よぉ、気付きましたね!」
「流石アラン君や!見る目あるわぁ」
学校指定のジャージでもなく、今まで見たことあるふざけたTシャツでもない真新しい練習着を着てる宮ツインズにアランは声をかけた。
「新しいやつか?」
「なまえが選んでくれたやつなんです!」
「かっこええでしょー」
「モデル気取りでウロウロすな!鬱陶しいわ!」
頼んでもないのに、アランの周りをファッションショーのように歩いて決めポーズとる息の良さは双子ならではだろう。でも確かに、黒が基調となっていて、侑の方は赤、治には青のワンポイントがそれぞれ入っている。シンプルながらもかっこいいデザインで所詮イケメンと言われる双子にはよく似合っていた。
「なまえのオトンが入学式に来てくれたお礼って買うてくれてん!」
「な!」
「え、お前らわざわざ入学式まで行ったんか!」
「当たり前やないですか」
「俺らの可愛い従兄妹の晴れ舞台ですよ」
アランは双子たちが年の離れた従兄妹をえらく溺愛してることは昔から知っていた。中学時代にも何度か試合に応援に来ていたので、その時からなまえとは面識があったし、今よりもしたったらずに喋るなまえにいちいち騒いどる双子に大袈裟やと思ったこともあったけど、確かにあの頃からなまえは可愛かったと思う。
「まぁ、お前ら来てなまえも喜んだやろな」
「なまえおめかししてむっちゃ可愛いかったですよー」
「アランくんも写真みます??」
意気揚々と2人してスマホを取り出す。アランがスマホを覗き込めば、侑の待ち受けにはバレーボールを持ったなまえ、治の方はなまえの寝顔。入学式に行ったこともそうだし、2人して待ち受けに設定してる事にアランはほんま可愛がっとるなぁと、とりとめもなく考える。
「…あれ、待てよ。小学校の入学式って平日やないんか?」
「「…」」
侑と治が写真のなまえフォルダを開ける直前、アランが1番重要なことに気付く。目と鼻の先のなまえの通う稲荷崎小学校の校門前に、紅白の紙花が飾られた入学式と書かれた看板が立っていたのを見たのは通学中のバスの中だったことを思い出す。アランの言葉に双子がギクリとしたのは明らかで、2人して誤魔化すように視線を逸らした。
「お前ら授業サボんのはあかんで!成績悪いんやから普段の授業くらいちゃんとせな試合出れへんなるぞ!」
「いやサボってません!」
「授業はギリギリ参加しました!」
「ほんまやろな!?」
「なぁ角名!俺ちゃんと授業出てるよな??」
サボってないと主張するが、普段の行いからなのか全く信用されておらず、アランからは冷たい視線を感じる。慌てて治が近くにいた角名に縋り付くと、迷惑そうに顔を歪めながらも角名は証言をしてくれた。
「そういやこの間、午前中の休み時間の度どっか行っては汗だくで帰ってきてたっけ?」
「ほら!角名の言う通り、ちゃんと休憩時間に行っててん!」
「せやで!小学校までダッシュで頑張ってん!アラン君、褒めてくれてもええんやで!」
「休憩やとしてもあかんやろ…」
溺愛するにも程があるやろ、とアランは頭を抱えた。
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