帰宅してすぐに風呂に入りたかったのだが、それは片割れも同じだったようで、治が荷物を置いとる隙に先に侑に風呂に入られた。「早よ上がれや」と脱衣所から圧をかけるも返ってきたのはなんとも気の抜けた返事だけだった。
治がようやく風呂から上がって台所通った時に母親に「腹減った」と端的に伝える。すると「あと5分待っとり!」と返ってきたのでそのままリビングに向かった。先に上がってた片割れがソファを独占して横になりテレビを見てゲラゲラ笑っている。いつもなら退けと蹴飛ばしてやるのだが、もうすぐ飯やしと食事の運ばれてくるダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。
「お、さ、む、くん!」
「ん?どうしたん」
同じくテーブルでお絵かきしてたなまえが嬉しそうに寄ってきて当然のように膝に座る。
「治くんにね、おはなしあるねん」
侑もなまえのことを可愛がっているが、四六時中ずっと第一優先してる訳ではない。バレーはもちろん、漫画を読んでたり、今日のように観たいTVがあったりすれば当然なまえのことは放ったらかしになる。
なまえ自身も甘えたではあるが両親が共働きであるせいなのか構ってもらえないと分かると我儘を言うこともなく好きなようにするので別に問題はなく至って良好な関係を築いている。
そもそも人格ポンコツがここまで可愛がること自体がすごいことやと治は思った。
その点、治は寝てる時以外はいつでもなまえのことを構ってくれる。テレビを見ていてもスマホを弄っていてもいつだって「抱っこ」といえばひょいと抱え上げて話しかければしていたことを中断して話を聞いてくれる。
この差は子どもであるなまえにとっては大きいもので、どちらが好きか尋ねられたら「侑くんと治くんどっちも大すき」と答えるなまえであるが、自ずと甘えたり、話を聞いてもらうなら治の方ということがほとんどであった。
「こないだね、いなりざきのお兄ちゃん見てんけどね」
「うん」
「そしたら王子さまがおったの!」
「王子様?あー、なまえの好きな絵本の王子様がおったんか?」
「うん!そんでな、なまえ、その王子さまのお兄ちゃんのこと、」
ちっこい腕を使って、身振り手振りで興奮気味に話す姿は何とも愛くるしい。治の目を見つめながら、一生懸命話しているなまえを見てるだけで自然と治の口角が上がる。しかし、次のなまえの一言に唖然とする。
「すきになっちゃったかも」
「…ツムーーッッッ!!」
「なんっやねん!喧しいわ!!」
風呂に入って身体もあったまって、極めつけに癒し効果抜群のなまえを膝に抱えながら穏やかで心地よい気分が一瞬で凍りつく。唖然としたのは一瞬で、すぐさま近くの片割れを呼ぶ。いや呼ぶと言うより叫び声に近い治の声に侑が不機嫌そうに振り向いた。
「き、緊急事態や!俺だけじゃ手に負えん!こっち来い!」
「ハァ?今ええとこやのに」
「俺の口からはよう言えん…」
治の顔は今にも青ざめいて、部活中に喧嘩した末に体育館の用具を壊した際、北に見つかった時と同じように動揺を隠せない、ひどくショックを受けた表情だった。侑は不思議に思いながらソファから重い腰を上げて、治とみずきのいるダイニングテーブルに向かう。
「意味わからん、さっさと言えや」
「侑くん!あんな、なまえすきな人できてん」
「…オカンーーッッッ!!」
呼び寄せた癖に、煮え切らない返事に苛立つと治の代わりになまえがにっこりと答えれば、治以上にテンパった侑は思わず母親を呼び寄せた。
「何やの?ご飯できたでー、アンタら運ぶの手伝い」
「それどころやないねん」
「治がご飯より優先するなんて珍しいなぁ」
タイミングよく双子の母がキッチンから出来上がったばかりの夕食を運んでくる。いつもなら「これ、おかわりあるん?」と食べる前から夕食の量を確認する誰よりも食い意地の張ってる治が目の前の本日のメイン料理の唐揚げに興味を示さないことに母親は怪訝そうに目を向けたが、治の言う通り双子はそれどころではない。
「緊急招集や、親族会議や!」
「いや、叔父さんこんなん聞いたら死んでまうんちゃうか」
「? パパに言わない方がええの?」
「「絶対あかん!!」」
勢いよく揃った2人の切羽詰まった声になまえはキョトンとした顔のまま「はぁい」と答える。双子が喧嘩以外でこうも騒ぎ立てるのはバレーとなまえ以外ないのだろう踏んだ母親は、未だにてんやわんやしてる治の膝からおりてキッチンに手伝いにやってきたなまえに訊ねた。
「なまえ、何言うたん?」
「あかんで!俺、なまえの口からもっかいその言葉聞いたらもう生きる気力がなくなってまう」
「…あのアホは放っといて、言うてみ」
「オカン鬼か!!」
「アンタらは生きる気力少しくらい無くした方が静かでええわ」
流石、あの宮ツインズの母と言ったところか、侑を軽くあしらいながらなまえから話を聞くと「初恋、アンタらやなかったんやな」と落ち込む双子をからかうように追い討ちをかける姿は普段人をおちょくる双子にそっくりであった。
「なまえ、そいつどんな奴やった?」
「めーっちゃかっこよかったよ」
「…どんな奴か覚えとお?」
「えっとね、本の王子さまみたいでキラキラしてた!」
「…他に覚えとることないか?」
「なまえにお花くれて、バイバイって手ふってくれて、すっごくやさしいお兄ちゃんやったの!」
「…ツム。なまえが答えるたび俺、死にそうなるんやけど」
「サム、俺もや。けど、ここは耐えるしかないで」
「アンタら喋っとらんと、ちゃっちゃっと食べ!」
食事中にも関わらず、なまえにいくつも質問をする。普通の人であれば、食事を邪魔されて鬱陶しいと思っても仕方ないようなことだが、なまえは気にも止めず、むしろニコニコと嬉しそうに先日の出会いを思い出しながら話しをした。相反してその答えを聞くたびに侑と治は精神的にダメージを食らうし、母親には怒鳴られるが、なまえの初恋相手は何としてでも探さなければいけないと使命感に駆られる。
結局、食事を終えてもなまえが眠りにつくまであれやこれやと質問をが止むことはなかったのだが、幼いなまえが覚えてることは少なく、分かったのは灰かぶりの王子と同じ髪の色ということと稲荷崎高校のジャージを着ていたことだけだった。
「また、あいたいなぁ」と初恋相手を思ってうっとりするように話すなまえに申し訳なく思う気持ちもありつつ、見ず知らずの奴になまえをあげてたまるかと何としてでもその初恋相手を見つけ出してその恋を阻止しようと侑と治は誓いあったのだった。
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