家族でお買い物

なまえの両親は多忙である。

母親は看護師、父親は医者という共働きの家庭に生まれ、医者のなかでも救命で働く父とはなかなか一緒に過ごす時間は少ない。

それでもなまえが人懐っこく、素直でまっすぐ育ったのは両親や祖父母、そして従兄妹など親族からもめいっぱいに愛情を注がれていたからだろう。

「なまえ、今日はパパお仕事お休みだからお散歩行って買い物しようか!」

「やったぁ!!」

「なまえ、良かったね〜」

「うん!」

父親の連続勤務がようやく終わり、久しぶりの家族水入らずで過ごす休日。家でゆっくりしたい気持ちよりも、普段から寂しくさせてしまっている愛娘と過ごす時間を最優先させるのがみょうじ家の決まりだった。

「でも、パパいっつもおしごとやからおやすみしなくてへーき?」

「なまえ、パパとママとおうちでごはんたべるだけでうれしいよ?」

両親がいない時は、祖父母や叔母、そして従兄妹がなまえの面倒を見てくれている為、なまえが1人で過ごす時間というのはないのだが、やはり親と過ごす時間が少ないせいか親にはあまり我儘を言わないようになってしまったことが両親は気がかりであった。

「パパはなまえが大好きやからなまえとお出かけした方が元気になるねん」

「ほんまに?なまえもパパ大すきやから、お出かけできてうれしい〜」

近くの公園を散歩したあとデパートに向かうと、目新しいおもちゃやお菓子になまえの目がキラキラと輝く。我儘を言わないと言っても、両親の仕事の邪魔になるような我儘を言わないだけで、「好きなの選んでおいで」と声をかければ子どもらしくぬいぐるみのコーナーに一目散にかけていった。

「そうや、この間のお礼もかねて侑くんと治くんに何か買っていこうか」

「スポーツ用品がええんとちゃう?ゲームとか買うてこれ以上成績下がったら、お姉ちゃんにうちらが怒られるわ…」

「そやなぁ、練習で使える服にしよか」

「なまえ!侑くんと治くんのなまえがえらぶ!!」

「なまえが選んだら2人とも大喜びするやろなぁ」

この間のお礼と言うのは、なまえの入学式のことである。なるべく休日は一緒に過ごせるようにしているが、仕事柄のせいもあり休みを返上して仕事を優先しなければならないことも多い。ついこの間も休みを取っていたのにも関わらず結局、入学式にも顔を出せなくなってしまった。

保育園の卒園式にも、そして今回の入学式に行けず、また寂しい思いをさせてしまったと心配していたが、家に帰れば妻から平日にも関わらず侑と治がやってきて「うちの従兄妹が可愛すぎる!!」と大騒ぎしてたと聞いた。

なまえからも「侑くんと治くんが来てくれたの!」と嬉しそうに話していて、従兄妹達が父親代わりのようになまえを可愛いがってくれてることで楽しい入学式となったことにほっとして胸を撫で下ろした(ちなみに卒園式も来てくれていた)

実際になまえも2人のことが大好きで両親以上に甘えられる存在となっていて、特に治の方にはそれが顕著に現れている。

「前はパパと結婚する〜って言うてたのにね」

「…」

「いまや2番手。いや、実質は3番か」

「ちょっと、傷口に塩塗らんとって…」

にんまりとからかうように笑う妻の顔を見て思い出したくない悪夢のような出来事が蘇る。

___

去年の蒸し暑い夏。お盆に差し掛かり、親戚の集まりがあった日。その日も仕事で一足遅れて顔を出せば、なまえが侑の手を引いて「パパ!あいたかったよ!」と玄関まで迎えてくれた。ぎゅっと抱きついてくるなまえに、今日もうちの娘が天使…と仕事で疲れた身体に身に沁みて感じていると「ニヤケすぎやで」と侑がケラケラと笑い出す。そこまでは良かった。

「パパ、こっちこっち!パパはなまえのとなりのせきやねん」

「なぁ侑君。うちの娘、可愛すぎへん?やばない?」

「叔父ちゃん、それ今日来とる人みんな同じこと言うとるで。まぁ、俺もやけど」

手を引いてリビングに連れてかれて案内された席は美味しそうにご飯を頬張る治の左隣の1番端の席で、治の右側には一緒に来た侑が腰をかける。なまえはというと、スルリと繋いだ手がほどけたと思えば治の膝にストンと座った。

「ありゃ、なまえちゃんはお父さんやなくて治君のがええんか?」

「うん!なまえは治くん大すきやねん」

「なー」

当然のように治にくっつくなまえに祖母が声をかければ、否定することなく答える。悪気のない言葉こそ心に突き刺さるもんはない。HP残りわずか、瀕死である。その様子に治もチラリと横目で伺うが、なまえの告白にまんざらでもない様子で寿司を頬張った。親族一同がやっぱりなまえは治に1番懐いてるなぁ、羨ましいわぁといった空気になったが、すかさず侑から横槍が入る。

「なまえ、俺のこと忘れとるで」

「侑くんも大すきやよ!」

「… なまえ、パパのことも大好きやんなー」

甥っ子の高校生と張り合うなんて馬鹿らしいと思われるかもしれないが、少しでもHPを回復したくて侑と同じ質問をすれば、ちょうどキッチンから料理を追加しに持ってきた妻に「大人気ないわ」と呆れたように笑われた。だが、宮家でもみょうじ家でもスーパーアイドルとして絶大な人気を誇るなまえにとって治や侑ではなく、父親の自分こそが他の親族もといファンとは一線を画すことを証明してやるチャンスでもある。

「んー、パパも大すきやけど2ばんやねん」

「!?」

「あんなー、侑くんと治くんが1ばんすきやの!」

「よっしゃぁぁぁ!!みんな聞いとった?俺が1番好きやねんて」

「あかん、ツム待って。叔父さん息してへん」 

「…」

正直その後のことはよく覚えてない。みんなに「娘にはいつか訪れることやから」と慰められ、そんな現実に眼を向けたくなくて、親戚の家だと言うことも忘れて浴びるように酒を呑んだ。夜になって酔いが冷めてきた頃、自分が2番手になる理由は明白だと気づく。

親族の集まり以外にも、妻と一緒に双子宅によう遊びに行っとったし、双子らもなまえを可愛がって全力で遊んでくれる。むしろ子どものなまえよりもムキになって遊ぶので、普段一緒にいれないし、遊ぶにしても体力に限られとる父親と遊ぶより楽しいのだろう。唯一勝ってるものと言えば悲しいことに財力くらいなものである。

「俺、嫌やけど2番手を甘んじて受け入れようと思う」

「…まだ酔っ払ってるん?」

「そんで、なまえの最大のパトロンになるわ」

「可愛がるのはわかるけど、甘やかしすぎはあかんよ」

___

あの日の発言に批判していた妻だったが、「これで侑くんとあそぶねん」「治くんのすきなプリンもっていきたいなぁ」と明日は日曜だというのに、また宮家に泊まりに行くなまえに、自分のおもちゃだけでなくあれやこれやと母親にねだっている姿は甘えたななまえらしく、ついつい甘やかしてしまうのだった。

スポーツ用品店でなまえの選んだ練習着を購入した後、立ち寄った本屋でなまえのお気に入りの本『灰かぶりの王子』続編がディスプレイに飾られており、なまえの目がパァッと今日一番に輝く。「パトロンの出番やで」と妻の一言により、なまえにねだられるよりも早く本を手に取ってレジへと直行した。

「パパ!ありがとう!大すき!」

「…パパ冥利に尽きるわ」

「ええ、泣いとるやん。やめて、恥ずかしいわ」





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