子離れできない侑くん

「なんや、また王子様の本読んでんのか」

本と言っても子供向けの絵がたくさんある小学生低学年向けの児童書である。シンデレラをオマージュしたのか、お姫様ではなく、灰かぶりの王子様が冒険に出る話で侑と治の2人とも何度もなまえに読み聞かせをしているので自然と話は頭に入っている。

ちなみにその本は、今年のクリスマスプレゼントとして侑と治の2人からなまえにあげたものだった。きっと両親や祖父母などにもらったプレゼントに比べれば大したものではなく、2人のお小遣いでも買えるものだったがなまえにとってその本は1番のお気に入りでなまえのお泊まりセットが入ったピンクのうさぎのリュックに毎回入れて持ってきているのだ。

「うん!もう1年生やからひとりでよめるねん!」

ふふん!と自慢げに笑ってるのなまえの成長に同じように侑は嬉しいようなどこか少し寂しいような気持ちになる。つい先週まで目を輝かせて「侑くん、ごほんよんで!」と言ってくれていたのに…。

「侑くんもいっしょによむ?」

「…読む!」

シュンとした侑の表情を汲み取ったのかそれともたまたまなのかなまえがソファをぽんぽんと叩くと駆け寄ってくる侑の姿に、どっちが子どもかわからへんと近くで二人のやりとりを一部始終見ていた治は心の中でそう思った。

「侑くんが王子様役やったんで!」

「んーん、王子さまは治くんやねん」

「ハァ!?何でサムやねん!!」

王子様のセリフを読んでやろうとすればサラッと拒否され、挙句に王子様は自分ではなく治だと言うなまえに、ではなくなまえが母親にお土産といって持たされたプリンを頬張っている治に向かって思わず反論する。

「俺のがかっこいいからに決まってるやん」

「ハァーン!?俺のがかっこいいしバレー上手いし」

「文句なら俺やなくてなまえに言いや」

「ぐぬぬ…」

王子様という主役が自分ではないことが納得いかない。やって王子様やで?うちの可愛い従兄妹がお姫様やねんからなんでその相手が自分ではなく呑気にプリンを頬張ってるやつやねん。俺のが王子様っぽいやんか!

腹正しいこと極まりないが、あくまでキャスティングをしたのはでなまえあり、我が稲荷崎バレー部主将のような正論を口にする治にぐうの音も出ない。

「侑くんはなまえといっしょにおひめさまやるねん」

双子の小競り合いを気にも止めず、なまえはにっこり笑ってとんでもないキャスティングを口にする。

「えー、こんなゴッツイ姫さん嫌やわ。姫さんは可愛いなまえだけで十分や」

「なまえと一緒にやるんはええけど、やっぱ姫さんは気乗りせんなぁ。そもそも、何で俺が姫でコイツが王子なん?」

揃ってげんなりした顔をみせる侑と治になまえはペラペラと本をめくって王子様とお姫様の絵が描かれたページを開いて指を指した。

「やっておひめさまのかみのけと侑くんのかみのけいっしょやよー?」

「髪?」

「ほら!治くんは王子さまとおんなじやの」

ブロンドの髪のお姫様に灰かぶり、つまりグレーがかった髪の王子様が描かれているそのページ。

「プッ!毛の色だけでキャスティングされてるやん。中身関係ないやんけ」

「うっさいわ!黙っとれ」

「サムだけ王子とか気に食わんし、俺も今度染める時は銀色にしよかな〜」

「ややこしなるから辞めや」

「なんやお前、俺に王子取られるんがそんな嫌なんか」

「ハァ!?ちゃうし!言うとくけど、中身ポンコツは王子にはなれんで」

「なれるし!余裕やし!」

またも始まった双子の小競り合いに小さな頃から見慣れてるなまえはさして動じることなく、喚く侑の横でペラペラと本をめくる。

「なぁ、なまえ!俺も髪の毛サムみたいな色にしたら王子様やんなー??」

「んー、侑くんは王子さまやないよー」

「ええ〜。さっきから何でなん、髪の毛一緒やったらサムと変わらんやん」

「やって、なまえの王子さまは治くんやねん」

「!?」

「治くんいっつもやさしいし、かっこいいし、おはなしいつもきいてくれるし、いつでもあそんでくれるし、あと」

「…」

「なまえ、俺は嬉しいねんけどそれ以上言うたらツム死んでまうから辞めたり」

「?」

悪気なんて全くないであろうなまえに侑はショックで言葉を失う。安易に聞いただけなのに、ただの王子ではなく「なまえの王子」なんて殺し文句を間近で自分ではなく、片割れの治に言われてショックを受けない訳がない。にこにこと侑より治の好きな点を挙げられる様はまさに立て続けにジャブを打たれ続けてるようで、もはや治も思わず心配するほど瀕死である。

「侑くんは王子さまやなくてまほーつかいなんよ!」

「?」

「やって、バレーしとるときの侑くんまほーつかいみたいでかっこいいねん!」

「…ほんまに?」

「まほーつかいがいちばんつよくてかっこええねんで!」

「せやったら王子やなくて魔法使いでええわ!」

地まで落ちた侑のテンションだったが、またもなまえの一言にしょげてたことなんか忘れてはしゃぎ出す姿に心配して損したと治はため息を吐いた。

「なまえ今日は侑くんと一緒に寝よな」

「なまえ、もうひとりでねれるようなってんで!」

「あかん!俺が寂しいから一緒に寝るねん」

「やっぱり侑くんおひめさまみたい」

「えー、世界最強の魔法使いやなかったん?」

「おい、いつから世界最強なってんねん」

「生まれた時から!」

「最強なんやったら一人で寝ろや」

「嫌じゃボケ!今日はなまえと寝るって決めてんねん」

平気で10個も下の従兄妹に我儘言っとる侑は一生なまえ離れできんなと呆れたけど、かくゆう治もなまえ離れできるか怪しいと自覚があるので言い返すことなく、なまえの当初の希望通り3人で本を読みながらいつもの賑やかな金曜日を満喫することにした。


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