子離れできない治くん

毎週金曜日の宮家はいつもより少し賑やかになる。

「おかえり〜!」

「なまえ、ただいま」

「玄関までお迎え来てくれたんか!ハァ〜、可愛い奥さんもらった男がはよ帰ってくる理由がわかるわ〜」

その原因は双子の小さな従兄妹がこうして宮家に遊びに来ているからである。

なまえの母親が看護師をしており、なまえが小学校に上がる少し前の3月頃から日勤だけでなく夜勤のシフトも再開した。その為、毎週金曜日になると双子宅に泊まりにやってくるのだ。

いつもであれば、玄関に入った瞬間からどっちが先に風呂に入るだのTVのチャンネル争奪戦といった小競り合いはもちろん、キッチンからは靴を揃え!弁当と洗濯物ちゃんと出しや!と母からの怒声があがり、金曜日以外も宮家は毎日賑やかではあるのだが、日々の喧騒という賑やかさと違いなまえがいるだけでどこか陽気でほっこりするような空気に変わっていく。

誰がみても可愛らしい容姿に人見知りせず人懐っこい性格、加えて甘え上手で素直ななまえは親類一同にとってスーパーアイドルといっても過言ではない。かくゆう双子もなまえの溺愛っぷりは凄まじく、そして双子の母親も例外ではないため、なまえのやってくるこの日を心待ちにしている。だが、母からすればその理由はなまえが可愛いという理由だけではない。

「あ!侑くん、おくつそろえようねぇ」

「…オカン、なまえに言わせれば俺が逆らわんと知っててやらしとるな!卑怯や!」

「言われんでもすればええやん」

「治くんはちゃんとできてていい子いい子やねぇ」

「!、なまえ俺も揃えたで!」

「侑くんもいい子いい子!もうすぐごはんやから、いっしょにおててあらいにいこー」

「せやろ!一緒に行くでー」

「チョロ…」

「治くん、今日のごはんはハンバーグやねん!明日のおべんとも入れてくれるって〜」

「オカン!弁当今日も美味かった!明日も頼むわ!!」

双子はなまえが来ると普段より小競り合いが少なくなる。若干の差ではあるが毎日これに付き合わされる親としたらこの差は大きい。そしてなまえの言うことは大概聞くのでいつもよりストレスなく家事に取り組めるのだ。

現にいつもなら双子の顔を見る前に小言の一つ二つ言っててもおかしくないのだが、なまえの誘導により洗面所では侑が手を洗って洗濯物出し、治はお礼とともに弁当箱を出しにやってきている。こうして金曜日はいつもよりスムーズに夕食の用意ができることにキッチンで一人、母親はフッフとほくそ笑んだ。

一口一口を幸せを噛み締めるようにゆっくりと食べ、おかわりをしてまだ食卓にいる治に夕食をさっさと済ませ、風呂を出た侑が顔をしかめる。

「お前、まだ食べとんの」

「もう食い終わったわ!なまえ、風呂一緒に入るか〜」

「もう1年生やからひとりで入れんねん!」

「…ほな、一人で行ってくるわ」

治が食べ終えた皿をシンクに持っていき、キッチンで皿洗いの手伝いをしてるなまえに声をかけると思いもよらない答えがかえってきて一瞬言葉につまる。

つい先週まで「治くんとおふろ入る〜」って言うて後ろをちょこまかついてきとったのに…

なまえの成長は喜ばしいことだが今は寂しさの方が勝ってしまっていた。かといって10も歳上の高校生が寂しいと我儘を言えるわけもなく(人格ポンコツの片割れならやりかねないが)えっへん!と胸をはるなまえに偉いなぁと小さな頭を撫でるしか出来なかった。

「おい、顔死んどるぞ」

「喧しい…」

「はぁ?なんやねん」

TVを見ててなまえとのやりとりを話を聞いてなかった侑に言い返す気力もなく、のそのそと重い足取りで風呂場に向かった。

いつか自分の娘に「パパの洗濯物一緒にせんで!」なんて言われる時もこんな気持ちになるんやろか…なんてしょうもない事を考えてしまう頭をスッキリさせたくて傷みだした髪の毛をがしがしとシャワーで洗い流した。

風呂から上がった後もなまえの些細な一言に思ったよりも精神的にショックを受けたようでさっきまで腹一杯で幸せな気分も消えてしまっていた。いや単純に少し腹が減ってきたのかもしれないが。

アイスでも食お。気を紛らわすように冷凍庫をあけるといつもよりちょっと高級なアイスが目に入りテンションがグッと上がる。アイスを咥えてリビングのソファに座ると、なまえはお気に入りの本を抱えて当然のように治の足の間に入り込んでちょこんと座って本を読みはじめる。

手伝いをしてみたり、なんでも一人でしたがったりと小学生になってお姉さんぶりたいんだろうがこうしてくっついて甘えてくるあたりまだまだ子どもできっと子離れ、いや従兄妹離れしなきゃいけないのはまだ先のようだとほっと安心して先程のように頭を撫でるとなまえは子どもらしく嬉しそうに笑う。

「治くん、この王子さまみたい」

「うん?」

「王子さまは治くんとかみのけ、いっしょのいろやねん!」

「えー、髪の毛だけかい」

急に突拍子もないことを言いだしたなまえに治は思わず首を傾げる。本の表紙に描かれた王子様と治を交互にみて嬉しそうに笑うなまえの目はキラキラしてて王子様なんて柄じゃないけど、この小さな女の子には自分のできる限り目いっぱい甘やかして、なまえにとっての王子様でおってやりたいと思う。いつかこの手を離れていくその日まで。

「あとな、かっこよくってつよいやん!」

「なんや、褒められると照れるなぁ」

「それに治くんはなまえにいちばんやさしくしてくれるもん」

「じゃあ、なまえはお姫さんやなぁ」

「ほんまに!?」

「なまえはいっちゃん可愛いくて、お利口さんで、誰よりも優しいからなぁ」

「えへへ」

「せやから、お姫さんのなまえは我儘いっぱい言ってええんやで?お姫さんの願いを叶えるんが王子の仕事やからなぁ」

「じゃあだっこしてほしいし、今日はおててつないでいっしょにねてほしい!」

「もちろんや!」

いつかはこうして当たり前のように膝に座ることも抱っこと甘えることもなくなるのだろう。もしかしたら覚えてないかもしれない。でもそれでも良いと思う。まだほんのちょっとした成長に寂しくなるけども。自分の中の大切な思い出として覚えておきたいと思う。そしていつかみんなの愛情を一心に注がれてまっすぐ育ったなまえに、俺のこと王子様って慕っててんでってからかってやろう。顔を真っ赤にして怒ったりするんかなぁ。治はいつか来る日を考えると寂しさと楽しみな気持ちが入り混じった。


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