「うわ、懐かしい」
練習を待つ間の暇つぶしとしてなまえは本をよく持ってくる。今日はお気に入りの灰かぶりの王子の本ではなく、きつねと猪2匹が描かれた表紙。小学生の頃、誰もが一度は通るであろうその本を久しぶりに目にした角名は思わず声をかけた。
「角名くんゾロリしってる?」
「俺も小学生の時読んでたよ」
「今なクラスではやってんねん!いつもかしだし中やってんけど、今日やっとかりれてん」
「良かったね」
「これがなー、かんとく」
「うん?」
目線を合わせる為、膝を抱えてしゃがみこんでいた角名に自慢げに本をみせる。ニコニコと主人公の狐を指差して笑う姿に、子供の目には監督が似てるように映るのだろうかと小さく笑みを浮かべながら首を傾げた。きっと深い意味はなく、うちの監督は悪人顔だし怪傑っぽいんだろうと結論付ける。
「でなー、これが侑くんと治くんやねん」
「オッホホ」
そして猪二匹の方を指して屈託なく笑うなまえに思いがけず吹き出してしまった。理由を尋ねれば「やってなー、侑くんと治くんはかんとくのこぶんやから」ときゅるんとした瞳を一層輝かせて言う。その姿を見る限り、全く悪気はないらしい。いつもの言葉の意味をいまいち理解できてない様子に、今度このネタで双子をからかってやろうと角名はほくそ笑む。
「ねぇねぇ、角名くんのおひざでよんでもいい?」
「いいよ。俺も一緒に読もうかな」
「じゃあなまえがよんだげるね」
甘えるようにピトッとなまえがくっつく。この可愛いお願いを断れる人間がいるのだろうかと角名は思う。もちろん拒否することなく、当然のように了承した。あぐらをかいてその場に座ると、嬉しそうにちょこんと座るなまえを抱え込むように腹部に腕を回す。「ぎゅー」と抱きしめ返してくれるなまえの追い討ちの可愛らしさは今日も健在だった。
「あれ?なまえは?」
「ホンマや。さっきまでそこおったのに」
「向こうで角名とおったで」
侑と治は先程までいたなまえの姿が見えず、キョロキョロとあたりを見渡す。尾白が指差す先に角度によっては見えづらいが、角名にすっぽりと抱き抱えられているなまえがいた。
「えらい仲良うなったなぁ。最初は子供相手にしどろもどろしとったのなぁ…」
「アランくん、角名のオカンやったん…?」
「ちゃうわアホ!」
「ツム、アホやなぁ。アランくんは角名の生き別れた兄弟や…」
「ホンマか!?それはお涙もんやな…」
「なんでやねん…ッ!」
楽しそうに話す角名となまえを見てしみじみと言う尾白とふざけ合いつつ、双子は何故か嫌な予感がよぎる。それはただの気のせいだと放っておいたことを夏休みが進むにつれ、2人は後悔することになる。
___
「角名くんおかえり〜」
「ただいま」
いつもであれば、昼休憩は治の膝の上が定位置のなまえ。その日も最初こそ治の足の間にちょこんと座っていたのだが、コンビニから戻ってきた角名に嬉しそうにかけよる。治の横に腰掛けた角名の膝の上に当たり前のように移動して座った。
「ゼリー、一口食べる?」
「たべる!」
「食べる!」
「治には言ってないよ」
ゼリーをスプーンにすくうと、なまえはあーんと小さな口を開ける。餌付けみたいと角名が思ってるその横でかぱっと大きな口を開ける治。「お前の一口デカいから嫌だ」と断るが、その口は閉じないまま。
なまえならまだしも、なんでお前にあーんしてやんなきゃいけないんだよ…と内心悪態をつきながら無視を決め込んだ角名に代わって「治くん、あーん」となまえが持ってたラムネを口に入れてやるとようやく満足そうに口を閉じた。貰えればなんでも良かったらしい。
「角名くん、ゼリーつめたくておいしいねぇ」
「ね」
もう一口あげれば頬っぺたを押さえてニコニコするなまえに角名も薄く微笑む。ウチの従兄妹は何しても可愛えわと思いながら、その様子を見ていた侑と治は同時にこのやり取りが偶然だと思っていた。たまたま、ご飯を食べ終わったタイミングで角名の所に行っただけだと。しかしお盆以降、明らかに角名にべったりになったことに気づくまでそう時間はかからなかった。
「ん?なまえ救急箱持って何しとるん」
「角名くんのてーぴんぐたのまれてん!」
救急箱を抱えたなまえに侑が声をかけると元気よく答えてすたこらさっさと角名のもとに走って行った。そして次の日も。
「なまえ〜、今日は何してたんやー?」
「角名くんとゆーちゅーぶ見ててん」
「ふーん、もう帰ろか。おいで」
「あ、角名くんとこ行ってから行くからまってて〜」
なまえを抱き止めようとしゃがみ込んだ治とそのすぐ横にいた侑を置いて角名の元へと行ってしまったなまえの小さな後ろ姿を見つめる2人の表情は暗い。暗いどころかどす黒い。
「…ツム」
「サム、お前が言いたいことは分かっとる」
「「角名、ちょお面かせや」」
「えー…」
双子の役割を奪い去り、なまえを抱いてやってきた角名の両脇に立ち塞がる。完全に目が据わっている侑と治に怯むことなく面倒くさそうに顔を歪めた。
「なまえ、俺ら角名に用あるからカバンとってきぃ」
「はぁい」
威圧感を醸し出してる双子の只ならぬ空気に気づいてないなまえが元気よく返事をして駆け出すとより2人の殺気が強まった気がした。あーあ、なまえに「ケンカしたらメッ!」と言ってもらえたら一発で解決したのにそれは使えないらしい。どこぞのヤンキーのようにメンチを切ってくる双子に睨まれながら、角名はぼんやりとそんなことを考えていた。
「お前最近なんやねん」
「なまえに賄賂でも送ったんか。シャチホコでもプレゼントしたんか」
そういや昔こんなことあったな。いやあれは銀だったか。詰め寄られながらも頭の片隅で記憶が蘇る。初恋相手を血眼になって探し、疑いを向けられた銀島が刑事の取調べのように詰め寄られてたことを思い出した。
「別になまえは誰とでも仲良いじゃん。銀とかさ」
「お前はなんかちゃうねん」
「銀は純粋に可愛がってるけど、お前はなんか不純やねん」
「はぁ…?」
バレー部でもそれ以外の稲荷崎の生徒となまえは仲が良い。人懐っこいからか、よっぽどの子ども嫌いじゃなければ邪険に扱われることはないだろう。しかし問題はそこではない。なまえが自分達より仲良くしてるのが気に食わないのだ。
角名自身、最近なまえが角名にくっついて回るのは自分が心変わりして関わる機会が増えたことと何よりも妹のぷにきゅあのオモチャをあげたことが原因だと気づいていた。なまえの中で角名がお友達から、ぷにきゅあの同志にランクが上がったのだ。
「絶対あわよくばとか思ってるやん」
「なまえが大きなった時、お前みたいなんにかっさわれそうや」
「そんなん絶対阻止や」
「出る杭は叩き潰せが宮家のコンセプトやからな!」
しかしなまえが懐く理由を知らない侑と治は、ポッと出てきたただのチームメイトの角名になまえをサラッと奪われたように感じてより苛立たせる。この間まであんまりなまえに興味なさそうやったのいつのまに立場が危うくなってしまったのか。北のようにこれ以上自分達を脅かす存在は排除せなあかん!と躍起になる。
「お前だけはアカン!」
「北さんならいい訳?」
「それとこれは話が別やけど、まあ北さんは100歩譲って…いや、認めれへんな」
「ダメじゃん」
「けどお前は100万歩譲ってもあかんねん!」
「北さんと同じ土俵に立てると思うなよ!」
「雲泥の差じゃアホ!」
「えー、どっちにしろ認める気ないんじゃん」
ギャーギャーと騒ぐ双子に思わず耳を押さえたくなる。自分が仲良くなるのが嫌なのかと思えばまだ北のことすら認めてないらしい。
「俺にかまけてるより、あっち気にした方がいいんじゃないの?」
「「は?」」
角名の視線を辿るように侑と治が振り返れば、北となまえが仲良さそうに手を繋いで歩いていた。一緒に帰り支度をしたのか赤木もいて、こっちの3人とは大違いの和気あいあいと和やかな様子。
「なまえは信介には抱っこせがまへんなぁ」
「はずかしいもんっ」
「なんや、ホンマは抱っこしてほしいんか」
「!」
恥ずかしそうに頬を染めるなまえに不思議そうに北が歩みを止める。すると脇に手を入れられ、ヒョイと軽々抱き上げられた。
「恥ずかしいか?」
「うー。はずかしいのと、うれしいのどっちも」
珍しく悪戯っ子のように笑う北にさらに頬をピンク色に染めたなまえかぎゅうっと抱きつくのと「北さんアカンて!」「ツンデレはアカン!」と侑と治が必死の形相で邪魔しに入るのが同時だった。その様子を角名は1人遠くで録画中のスマホ片手にいいのが撮れたと思う反面、流石に不動の一位の座は遠いなぁと面白くなさそうに顔を歪めていた。
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