夏まつり

「集合」

体育館に北の声が響く。今日も強豪校らしいハードな練習が終わり、ダラっとなった空気が一瞬で締まった。監督から練習の反省点や明日の伝達をされてる中、侑と治はそわそわと落ち着きがない。

「ハメを外さんようにな。じゃ、解散」

監督の最後の言葉に、侑や治以外の部員もドキリとした。浮き足立っているのは双子だけではなかった。途端に視線を逸らす大男たちに呆れたように笑う監督だったが、今日の練習をいつもより早めに終わらすあたり、なんとも粋な計らいだった。

「よっしゃぁぁぁ!!はよ祭り行くでぇ!」

我先にと部室に駆け込む侑に本日掃除当番の部員たちは恨めしそうに睨みつけた。そう、今日は稲荷崎高校近くの神社で夏祭りが開催されている。夏の一大イベントともいえる夏祭り。どこもかしこも屋台が並び、夏の醍醐味の花火も打ち上げられる。

何を食べるか、何で遊ぶか考えるだけで楽しくなってくる。はしゃいでる他の稲荷崎生徒がいるのか、外から悲鳴のような歓声がバレー部の部室まで聞こえてくる。

「サムはよ着替えろや」

「うっさいな。待ち合わせまでまだ時間あるやろ」

侑に急かされた治は着替えながらチラリと時計を見上げた。部室の簡素な時計はちょうど17時をさしている。待ち合わせの時間まであと30分。どう考えても急ぐ必要はない。治は口ではそう言いながらも、いつものよりも早く手を動かしているあたりがやはり同じDNAなのだろう。

「ねぇ見て。写真撮ってもらった」

「何やねん。俺ら急いどるんやけど」

「お前に構ってる暇はないねん」

バタバタと着替える双子たちに角名が声をかけた。まだ角名はジャージ姿のままで今、部室に入ってきたらしい。帰り支度を終えた侑と治は、早く夏祭りに行きたいのか冷たくあしらう。

「ふーん、じゃあいいや」

そう言って角名は、2人に見せかけていたスマホをすぐに手元に戻した。だが、たったその一瞬でスマホ画面に映った写真が見えたらしい。とてつもなく凄まじい動体視力。スマホをもつ角名の手を掴むと、勢いよくその写真に食いつた。

「は?なまえ?」

「ちょお待てや!お前これいつ撮って」

「今そこで」

「なまえ来てるなら呼べやアホ」

一緒に夏祭りに行こうと家で待ち合わせしてたはずなのに。角名となまえが一緒に写った写真を見せられ、どういうことかと不思議に思うより先に身体が動いて部室のドアを勢いよく開けた。

「あ、侑くーん、治くーん!!」

少し向こうの人集りの中に一際小さな女の子。侑と治を見つけると嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振っている。いつもなら歩くたびに「ピッピッ」と鳴るピヨピヨサンダルが可愛く音が響かせるが、今日はカランコロンと独特な音が鳴った。

「何あれ可愛いすぎん…?」

「可愛いすぎる。可愛すぎてむしろやばない…?」

本当に侑と治と同じ遺伝子入ってる?と思わせるほど可愛らしいなまえは今日は一段と輝いて見える。それは今日の格好が夏祭り仕様だからだろうか。白地に淡いピンクや薄紫の紫陽花が描かれた浴衣を纏い、柔らかい栗毛はアップされゆるくお団子にされてる。先程外から聞こえた歓声はなまえの浴衣姿を見た者によるものだとようやく気づく。

「どうしたん?なまえん家で待ち合わせやったのに」

「ママにかわいくしてもろたから、はやく侑くんと治くんにみてもらいたかってん!」

駆け寄るなまえに視線を合わせるようにしゃがみ込めば「やから、来ちゃった」とにっこり笑う天使のような愛らしさに胸の奥がきゅうっと締め付けられる。今すぐにでも抱きしめて「世界一可愛い!!!」と叫びたいが、着崩れさせてしまっては大変だと代わりに拳を握りしめた。

「なまえのゆかた、かわいい?」

「世界一可愛い。いや、宇宙一可愛い」

浴衣を見せるように袖を左右に広げるなまえに治は至って真面目な顔で答える。それくらい本気で思ってるらしい。

「なまえが優勝や〜」

「? 侑くんらは、じゅんゆうしょうやもんね?」

「それは言うたあかんやつ…!」

浴衣が着崩れないよう細心の注意を払いつつ、侑がよいしょと抱き上げた。もちもちの白いほっぺに頬擦りしながら「なまえが大優勝!」と伝える。しかしなまえは可愛いと聞いたのに優勝と答えられた意味がよく分からなかったらしい。キョトンとしながらこの間のインターハイの話をした。デレデレしてた顔が途端にがっくりと落ち込む。

「侑くんのサーブがいちばんかっこよかったよ?」

「なまえが他の奴のこと応援しとったん知ってんねんで…?」

「赤葦くんも白布くんもかっこいいけど、なまえは侑くんのいちばんのファンやもん」

「うっ…!」

インターハイで治に言った時のようにとびきりの笑顔のなまえ。その花が咲いたような愛らしい顔はあの日の治のように、今度は侑の心臓をバキュンと打ち抜いた。

「なまえ夏祭り何すんの?」

「えっとね、わたあめでしょ?あと、りんごあめとかきごおりと〜」

「食べ物ばっかじゃん。そんな食べれないでしょ」

着替え終わった角名がやってきてなまえに声をかける。夏祭りを待ち焦がれていたようで、小さな指を数えながら嬉しそうに答えた。治のように食べ物ばかりを上げていくなまえに角名はクスクス笑う。

「治くんとはんぶんこするの!」

「侑にはあげないんだ」

「侑くんはね、ヨーヨーすくいいっしょにする!」

半分こと言っているが実際の大半は治の腹の中におさまる。去年もそうだった。ちなみにりんご飴はなまえは小さい姫りんごの方でいいって言ったのにも関わらず「大は小を兼ねるんや!!」と侑が大きなものを買って案の定食べきれず、べたべたになるわで大変だった。

「せやなまえ、今日花火大会で泣かへんか?」

「もう、なかなへんもん!」

「あれはツムが火の玉落ちてくる言うてビビらしたからやろ」

侑がからかうように言う。ほっぺたをプクッと膨らましながら答えていたが、夏祭りが始まると仲良さそうに祭りを楽しむ姿が見られた。


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