ガタゴトと揺れる電車の中、時折耳に入ってくるイントネーションがどこか懐かしく感じる。普段は関西弁に囲まれてるせいか故郷の訛りが居心地よく耳に馴染む。冷え切った車内の扉が開くたびに生ぬるい風が身体にまとわりついた。
特にすることもないので、スマホをいじりながらラインのアルバムに上げられた写真を確認していく。今朝方、双子が急に「なまえ寝起き選手権」を開催したせいでグループラインがやたらと動いていたが、どうやらもうおさまったらしい。双子の行動は意味不明だが、上げられていたなまえの写真はもちろん全て保存した。
そしてこの間のインターハイで入手したなまえのユニフォーム姿のお昼寝写真、しかも稲荷崎のジャージがかけられたものを送ると瞬く間に複数の既読と大量のスタンプが送られてきた。どうやらみんなも暇なようだ。
「ただいま」
「おかえり〜」
お盆休みを利用して名古屋に帰ってきたと角名は久しぶりに自宅の玄関を開ける。少し懐かしい匂いがした。そのままリビングに直行すると妹がアイスを咥えながらソファを陣取っている。正月ぶりに帰ってきたというのに出迎える気もスマホから視線を上げる気もないらしい。
「ねぇ、母さんは」
「買い物に行ったよー。今日はお兄ちゃん帰ってくるからお寿司だって」
「ふーん」
ようやく顔を上げたと思ったら、兄が帰ってきたより今晩の寿司が楽しみの様子。夏バテ気味であまり食欲がない角名は冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、興味なさげに返事をした。仲が悪い訳でもないが、かと言って仲良しという訳でない。いつもなら一言二言話せば、部屋に向かう角名だったが「そういえば、」と思い出したように口を開いた。
「お前さ、プニキュアの初代のオモチャ持ってなかったっけ」
「あー、叔父さんにもらったやつ?捨てるのも勿体無いから押し入れにあると思うけど」
昔、遠方に住む親戚の叔父がプレゼントと言ってくれたことがあった。子どもがいない人だったからか、妹には女児向けアニメのオモチャ。角名にはラジコンカーをくれた。ちなみに当時は小学校高学年で、お互いオモチャで遊ぶ年齢ではなかった。子供ながらに申し訳ないなと思いながら開封することなく押入れに片付けた記憶があったのだ。
そして角名はなまえが今放送してるやつではなく初代と言われるプニキュアがお気に入りだと本人から聞いていた。なんなら、初代と現在のプニキュアの描かれた塗り絵を見せられたこともある。違いはよく分からなかったが。
女児向けアニメといえ、やはり大人のコレクターというものが存在している。中でもなまえの好きな初代は歴代きっての名作と言われ中々グッズが出回らないらしい。そこで妹が捨てていなければなまえにあげるつもりだった。
「要らないなら貰っていい?」
「え」
「チームメイトの従兄妹の子どもが好きだからその子にあげるんだよ」
「びっくりした…。そういう趣味になったのかと思った」
しかし、妹には意図が伝わらなかったらしい。むしろ兄がそういう趣味に走ったのでは?とドン引きしてる顔をされる。ここまで嫌悪感を出されると流石に居た堪れなくなって、後腐れがないようにきちんと説明した。
『治、なまえにこのオモチャいるか聞いてみて。妹のお古だけど』
『なまえ大興奮。欲しいって。目キラッキラしとる』
妹の了承を得たので、押し入れにしまわれてたオモチャを取り出して写真を撮るとすぐに治にラインを送る。今朝のやりとりからして双子宅になまえが泊まってることは明白だった。予想通りなまえと一緒にいてたらしく、すぐに返事が返ってくる。じゃあ帰ったら渡すと打ちかけていると、治ではなく侑からビデオ通話がかかってきた。
「なまえや思たやろ〜。残念!侑くんでした〜」
侑の言う通りなまえがお礼の電話をしてきたと思って疑いもなく電話を取るが、画面に映るのはなまえではなくニヤニヤと笑う侑にイラッと眉間に皺が寄る。
「侑くん侑くん!なまえにもかわってぇ」
「はいはい抱っこしたるから、ちょお待ちな」
すかさず切ってしまおうかと思ったがなまえの声がして踏み止まる。侑の足元になまえがまとわりついてるのか、侑の視線が下に下がると器用に片手で抱き上げてなまえが画面にひょっこりと顔を出す。
「角名くん!!!!」
「ん?」
「オモチャありがとぉ!すっごくすっごくうれしい!」
「どういたしまして」
「あのね、こんくらい!こんっっくらい!うれしい〜〜!」
「よかったね」
治の言ってた通り、大興奮のなまえは両手をぶんぶん振り回して喜びを表現する。あまりの無邪気な様子に先程の侑によって不快にされた気分がスーッと晴れていく。
「角名くんいつかえってくる?今日?あした?」
「明日の夜だからなまえに会うのはもう少し先かな」
「そっかぁ。なまえ、はよ角名くんに会いたいなぁ」
オモチャが目当てとはいえ、遠距離恋愛中の彼女のようなことを言うなまえに思わず笑ってしまう。侑も同じことを思ったらしく、段々と面白くなさそうに顔を歪めていってるのがまた笑えた。
「じゃあ、角名またな」
「ええ〜、なまえもっと角名くんとおしゃべりしたいなぁ」
「あかん!今日は侑くんと遊ばなあかん日なんです〜」
自分で電話をかけといて角名ばかり構うなまえに拗ねた侑が強制的に電話を切ろうとする。唇を尖らせて言うその姿は本当にどっちが子どもか分からない。
「なまえ、帰ったら遊ぼうね」
「うん!やくそくね」
「あと遊ぶ前に侑が宿題やってるかちゃんと北さんに報告するんだよ。よろしくね」
「はぁい!」
「おい!角名余計なこと」
侑の喋ってる途中で通話終了ボタンを押してやった。なまえによって気持ちは晴れたがあのニヤついた顔にムカついたことには変わりない。どうせ侑のことだ、夏休みの宿題に一切手をつけてないはず。いまごろきっとなまえの可愛い説教をくらってるだろう。
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