インターハイ

「明日の用意できとるか?」

「うん!ゆにほーむも入れたし、ポンポンもわすれてへんよ!」

「お!賢いやんか〜」

明日から始まるインターハイ。今年の会場は、北信越だがなまえもはるばる応援に来てくれるらしい。治が確認すると嬉しそうに声を弾ませた。

家にはいつもよりも一回り大きな旅行用のリュックが用意され、その中にはユニフォームが一番最初に詰め込まれている。夏休み中に製作された家庭科部渾身のそれはようやく日の目を浴びる時が来たようだ。試作段階ではユニフォームの番号がついていなかったが、結局家庭科部の配慮によって番号はマジックテープ式で取り外し可能できる機能付きである。

ちなみになまえのつける番号は公平性を保つ為に先日あみだくじが行われた。本人はどの番号がいいかさしてこだわりはなく、単純にあみだくじを楽しんでいるようだった。どちらかと言うと双子が一番大騒ぎしていた。周知の事実であるが、あえて言わせてもらうとアホである。

「みんなとおーえんのれんしゅうもしてん!」

「そうなん?ちょおやってみてや〜」

「いーぞいーぞ侑!もーいっぽーん!」

「はい、可愛い。分かっとった、分かっとったけどな!それでも予想よりさらに可愛えわ!」

「なまえ、俺のもやって」

全国大会の前日であるが流石全国常連の強豪校と言ったところから、最後の練習を終えた部員たちに緊張の色は見られない。むしろ余裕の様子でなまえがわざわざ応援に来てくれることに大喜びしている侑と治である。

しかし、角名は一抹の不安を感じていた。稲荷崎高関係者を既に陥落させていると言っても過言ではないなまえの天使のごとき愛らしさがインターハイにおいて遺憾なく発揮されるのではないかと。

他校を次々と無双していく姿がいとも容易く想像できてしまう。なまえ自身が問題ではなくそれに対しての双子の反応が問題なのである。どう考えたって騒ぎ立てるのは明白である。続いてそれに付き合わされることになることも。

そして本当に角名の危惧していたことが現実になってしまっていた。

「おー、なまえ」

「光来くんはなんであんなにばびゅーんって飛べるの??」

「天才、だからかな」

「おおー!かっこいいー!」

ちょこまかと会場を彷徨いているなまえに鴎台高校の星海が声をかけた。フフンと自慢げに語るとキラキラと尊敬の眼差しを向けるなまえに星海は気分がよくなる。そして仲良くなったのは星海だけではない。

「光来君、小さな子相手に何カッコつけてんの」

「うるせー!」

「幸郎くんもかっこよかった!ブロックすごいねぇ」

「そっか、ありがとう」

星海の後ろからヌッと現れた昼神に、なまえは先程見た試合のように両手を上げてブロックのポーズをとる。どうやら不動昼神の真似をしてるらしい。その微笑ましい姿になまえの頭のをポンポンと撫でた。同じように星海の頭を撫でると威嚇する猫のように毛を逆立てていた。

しかしそれだけでは終わらない。翌日には狢坂高校ににこやかに接するなまえの姿があった。

「桐生くーん、猯くーん、南ちゃーん」

「なまえは今日もえらしいなぁ」

「えら?」

「可愛いってことっちゃ」

「だけん、可愛いは正義っち言ったやろ!」

「稲荷崎におるんはもったいないけん」

一見、強面な桐生や狢坂ツインタワーと名高い猯や雲南にも怖がるそぶりを見せずにニコニコと話しているなまえは数日のうちに着々と知り合いの輪を広げてるようだった。

「俺、白鳥沢のウシワカと北さんに挟まれてるなまえ見て度肝抜かれたわ。俺やったら逃走しとる」

「尾白さんが言ってたけど、昨日は梟谷と遊んでたらしいよ」

「…」

その様子をアップしながら遠巻きに見ていた角名と銀島はなまえのコミュニケーション能力、もとい人たらしぶりに話している横で侑は一人むすくれていた。

「俺が一番カッコええってなまえに応援してもらうはずやったのに…!」

「自業自得でしょ」

「うっさいわ!」

からかいを含んだ角名の声色に侑は噛み付くように答える。なまえがこんなにも強豪校ばかりと接するのは理由は侑にあった。いかに自分がすごいかと自慢する為に月間バリボーを与えていたのが仇となったらしい。それを覚えていたなまえは「雑誌に載ってた人や!」と声をかけて次々と仲良くなっていたのだ。

「ふん!別にええしな!どんだけ仲良うなろうがなまえは俺の応援に来てくれてるからええねん」

「侑やなくて稲荷崎の応援な」

「前に俺のファンって言うてくれたもん!」

「侑が言わせたんでしょ」

「ちゃうわ!」

ぶーぶーと文句垂れてる侑と違って大人しい治に角名は珍しいなと視線を向けた。侑と比べておっとり大人しいイメージのある治だが、なまえが絡むと話は別で北の誕生日の件に関しても侑以上に根に持っていた男である。治は角名の視線に気づくことなく、喚く片割れに喧しいなぁと思いながらなまえに小さく手を振っていた。

「なまえ」

「治くん!」

そして難なく勝ち進んだ試合。連続サービスエースを決めた侑はインタビュアーに捕まっている。そのうちに治はそそくさとなまえの元へと向かった。名前を呼べば治の胸へ勢いよく飛びつく。興奮したように試合の感想を述べるなまえに相槌をうっていると、何かに気づいたように「あ」と声を上げる。

「赤葦くんや!」

「…なまえ?あれ今日は11番なんだ」

「えへへ、今日は治くんといっしょやねん」

通りすがった梟谷の選手に当然のように声をかける。赤葦は腕の中にいるなまえに最初は気づかずに一瞬眉を顰めた。すぐにひょっこり顔を出したなまえと治を交互に見て少し目を見開いた後、治に小さく会釈しながら話をしだす。

すぐに試合が始まるらしく、他の梟谷のメンバーに嬉しそうに手を振る。あの木兎には「光太郎お兄ちゃん」と呼んでハイタッチしていた。知らない間に随分仲良くなったらしい。侑が見てれば大騒ぎした案件である。

「友達ようさんできてんなぁ」

「うん!みんなかっこいいねぇ」

「…せやなぁ」

侑ほどではないが、やはりいい気分はしない。なまえにとって一番カッコよくありたいと思うのは侑と同じような子供じみた嫉妬やヤキモチなのかもしれない。侑と違うのはそれを口に出さないことだ。

「でもね」

「ん?」

「治くんがいっちばんかっこいいんだよ!やってなまえの王子さまやもん」

「うっ…」

腕の中でとびきりの笑顔のなまえが治にぎゅっと抱きつく。その愛くるしい姿はいとも簡単に治の心臓をズキュンと撃ち抜いた。遅れてやってきた侑にニヤケすぎてキショいと言われたがそれどころではない。前に王子と言ってくれた時と違って少し照れたようにはにかむ笑顔が、急所にクリティカルヒットした治はただひたすらになまえを抱きしめるのだった。

「サム、いい加減なまえ離せや!」

「今、幸せの余韻を噛み締めとるとこやからツム向こう行けや」

「はぁ!?俺かてなまえ不足しとんねん。それに他校の奴らに俺と仲良いとこ見せつけたんねんから早よ寄越せ」

「侑くんサーブかっこよかったぁ!」

「せやろ!カッコいい侑くんとこ来ぃ」

「アカン。俺が見せびらかすねん」

大人気なくなまえの取り合いが始まる侑と治にやっぱりなと角名は深いため息を吐いた。


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