映画のおともに

「ねーねー侑くんは、ポップコーンなにがいい?」

「せやなぁ〜。バター醤油も捨て難いし、王道の塩もええしなぁ…。なまえは何がええの?」

「なまえはあまいやつ!きゃらめるぽぷこーん!」

侑となまえが喧嘩がなかったようにすっかり元通りの仲良しに戻るのにそう時間はかからなかった。喧嘩するほど仲が良いと言ったものであるが、2人の年齢差を考えるとやはり良いものではないだろう。

「ふは、言えてへんで。可愛えなぁ〜」

「きゃらめるぽっぷんこーん?」

「あ〜、惜しいなぁ」

キャラメルポップコーンと上手く言えないなまえに微笑ましく思いながらも、ふっとあの日仲裁役を買って出てくれた北の言葉を思い出すと侑はブルリと身震いした。

『次また侑と喧嘩したら、遠慮なく言いにおいでな』

『信介くんありがとぉ!でも、もうけんかしないよ!』

『偉いなぁ。…侑、お前次はないからな』

『んウィッス!』

喧嘩両成敗と言った北であるが、侑となまえの対応差があることは明白だったからである。そもそも侑も好き好んで溺愛しているなまえと喧嘩するつもりもない。今日もこうして練習の休憩が始まるとすぐになまえを膝に乗せながら今まで通り仲良く過ごしていた。

「侑くん言うてみて」

「カラメルッピョップコーン!」

「お前がいっちゃん言えてないやんけ!」

盛大に噛んだ侑に尾白のツッコミが炸裂するとケラケラとなまえの高らかな笑い声が体育館に響いた。それを遠巻きに見ていた角名は不思議そうに治に声をかける。

「なまえは何であんなにテンション高いの?」

8月に入り、目前に迫ったインターハイに向けて猛練習を重ねている中、少々バテ気味の部員と違って元気いっぱいのなまえ。角名が遠巻きに見ていても今日はいつも以上にテンションが割り増しで高い姿に疑問に思う。

「今日の金曜ロードショーでトトロあるやん。それが楽しみやねんて。可愛いすぎん?」

「ああ、夏はジブリね」

「ちなみに先週のもののけ姫は怖くてギャン泣きやってんけどな」

治は勢いよく水分補給をしながら角名の目線の先にいるなまえに目をやる。最後にゴクンと喉を鳴らすとテンションの高い理由をスラスラと説明した。それを聞いた角名は、何とも可愛らしい理由に連日酷使し続けた身体が少し癒された気がした。

「治くーん」

「ん?」

「治くんはポップコーンどれにする?」

「俺は何でも食いたい」

先程まで侑に抱えられていたなまえが元気よく治に飛びつく。映画と言えばポップコーンと言っても過言ではない。今、頭の中はトトロとポップコーンで埋め尽くされてるようだった。

「いっこずつかって、わけっこする?」

「それええなぁ!」

「今から買いに行くの?」

「ごはんたべたてから行くの!」

「へぇ、よかったね」

この後の昼休憩で双子達と買いに行くと嬉しそうに話していたが、太陽が燦々と照りつける中、小さな手を繋いで歩くのは双子ではなく角名であった。双子は喧嘩の末に備品を壊したことにより、まだ監督に説教を食らってる所だろう。

「ポップコーンって袋に入ってるの?フライパンの方?」

「ふらいぱん?なまえのたべるのはふくろだよ!」

双子と買い物ではなくなってしまったが、ポップコーンを買いに行くことで頭がいっぱいのよう。ルンルンと今にもスキップしそうな足取りで歩くなまえは、その質問にキョトンと角名を見上げた。

「フライパン型で火にかけるやつ知らない?」

「んーん。チョップとデルーのケースに入ってるのはしってるよ!デデニーランドでかってもらったの」

たまにスーパーで見かけるフライパンの形をした簡易アルミのポップコーンキットは角名も子供の頃は何度か食べたことがある。しかし、なまえは知らないようで全く違う物を想像してるようだった。

「あー知らないのか。侑はあれだけど治が出来るか…。ちょっと遠くなるけどハミマじゃなくてスーパーに買いに行こうか」

「はぁい」

量はそれほど入ってないがポンポンと弾けでポップコーンに変わっていく様が子供心をワクワクしたことを思い出す。なまえが目を輝かせながらポップコーンが出来上がるのを待ってる姿がいとも簡単に想像できた角名は目的地を変えることにした。

「うひゃ〜。すずしいねぇ」

「ね。なまえこっち」

スーパーの自動ドアが開くとひんやりとした空気が心地いい。たかがスーパーであるが、ジリジリとした日差しを浴びながら歩いてきた2人にとっては天国にたどり着いたかのように感じる。

「なまえちゃんやんか!いらっしゃい〜」

「こんにちは!」

「おつかい?暑いのに偉いなぁ」

「てんちょーさんもあついのに、おしごとしててえらいねぇ!」

「うっ、癒しの天使…」

なまえの手を引いてクーラーで冷え切った店内を歩くと、従業員から次々に声をかけられるなまえに角名は少しぎょっとした。稲荷崎から1番近いスーパーということは、自ずとみずきの自宅からも1番近いことになり、よく訪れてるらしい。

なまえがにこりと笑いかけると店員たちはキャッキャッと騒ぎ立てる様は芸能人が来店した時のようだった。どうやら稲荷崎高校内だけでなくこの地域一帯なまえファンがひしめいてる現状に角名は目眩がした。単純に暑さのせいかもしれないが。

「角名くんそれなぁに?」

「これでポップコーン作れるんだよ」

「えー!」

「治にやってもらいなね」

「うん!」

角名に渡されたフライパン型のポップコーンを嬉しそうに抱きしめる。そわそわと期待に満ちた目がなんとも愛らしかった。他のフレーバーのポップコーンもカゴに入れ、レジに向かう最中「あ!」となまえが何かに気づいたように小さく声を出す。なまえの見つめるお菓子コーナーの一角を見れば女児向けアニメのキャラクターの描かれたお菓子の袋がある。期間限定のコラボらしく普段のパッケージよりも可愛らしい色合いになっていた。

「買わないの?」

「んー、今日のおやつはもってきてるねん。よるはポップコーンもあるから…」

それは諦めるような口ぶりだが、その視線はお菓子から離れることなくじぃっと見つめたまま動かない。その視線の意味に気づかないほど鈍感ではない角名がスッとなまえの隣にしゃがみ込んだ。

「じゃあ、俺が買うからなまえのおやつと半分こする?」

「ええの!?」

「俺もお腹減ってたから。あとで一緒に食べよ」

「うん!角名くんありがとお!」

本当はお菓子を食べる気なんてさらさらない角名だったが、パァっと花がほころぶように笑うなまえを見て悪い気はしない。店長が言ってた癒しの天使とはまさに言い得て妙である。

「あのね、これなまえとはんぶんこしてくれるんだよ!」

「ああそうなの。優しいお兄ちゃんだねぇ」

「うん!やさしくてだいすきやの!」

レジを通しているとなまえが弾んだ声で店員に話しだす。それにより、見ず知らずの店員に生暖かい視線を向けられ居た堪れなくなる角名だったが、角名のことが大好きだと屈託なく笑うなまえに午後の練習も頑張れそうだと思うのであった。


prev next

return