1人スマホをいじる侑に先程から冷ややかな視線が痛いほど刺さり居心地が悪い。特に我が部の主将からの眼力が凄すぎて振り返ることすら出来ないでいる。
やってしゃあないやん。流石に悪いと思て謝ろうとしたのに治から離れへんし、治も治で腹立つ顔でこっちを見とるし。朝やって寝坊したせいで話す時間とれんくて結局、あれからなまえと口聞いとらん。
それを寂しいと思うんは身の程知らずやと自分が1番分かっとる。けど治から離れたらもう角名にくっついとるし、なまえは俺なんかいなくても別にええんやなと思うと謝る気になれんかった。
しかし、気にならない訳ではない。チラッと様子を伺うようになまえの方を見てみる。ちょうど北が何か話しかけてるところだった。会話は聞こえないが、なまえを囲んだ周りがあたふたとしているのが目に入り、侑はギョッとした。
「北、なまえはまだちっこいねんから」
「そうですよ、それに今回はツムが120%悪いんで」
「歳もどっちが悪いかも関係ないわ」
喧嘩両成敗と言い放つ北に尾白がなまえのフォローすると治もそれに続く。喧嘩して泣き喚いたり、八つ当たりや未だに怒っているなら北のように叱る必要はあると思うがなまえは絶賛しょぼくれモードでどう見たって反省中である。これ以上追い詰めるのは可哀想と庇う2人の気も知らず、北は仏頂面でそう答えた。太刀打ちできない正論に押し黙るしかなくなる。
「なまえはどないしたいん?侑と喧嘩したままでええんか?」
「…ちゃんとなかなおりしたい」
先程の尾白や治に答えた時よりも表情や声色は優しくなまえに訊ねると、角名のひっつき虫と化していたなまえも顔を上げる。困ったように眉を下げながら、今にも泣きそうな声でボソリと呟いた。
「せやったら、治や角名にくっついとってもあかんやろ?」
「でも、侑くんにきらいってひどいこと言うてしもてん。…侑くんなまえのこと、きらいなってたらどうしよう」
半べそをかいてメソメソしていたのは侑に嫌われたかもしれないと思ってたかららしい。しかし絶対にそれはないと北を含めた全員がそう思った。今もチラチラと心配そうにこちらを気にしている侑の挙動不審に気付いてないのはなまえだけだろう。
「せやったら仲直り出来るよう俺から侑に話してくるわ。その後ごめんねってちゃんとできるか?」
「うん。いじわる言うてごめんなさいって侑くんにあやまれる。きらいって言われてもなまえがわるいから、ごめんねってちゃんとできるよ」
「偉いな。もし侑が許さん言うたら今日はうちん家泊まればええわ」
「え?」
北の言葉に素っ頓狂な声をあげたのはなまえではなく治だった。
「信介くんのおうちあそびに行ってええの?」
「ええよ。うちのばーちゃんの飯上手いねん。少し離れた方が頭冷えるしな。俺ん家で仲直りする方法一緒に考えたるわ」
「うん!」
「…いやちょお待って。え?北さん家に行くん?」
「治くんもいっしょに行く?」
「…いや、やめとく。あー、でもなまえ 1人で北さん家なんて…!?」
少し表情が明るくなったのを見て北も優しく微笑む。まさかの誘いに狼狽える治に「どんまい」と角名が声をかけた。
「侑」
「ッハイ!」
北が1人体育館の隅に座る侑に声をかけると驚いた猫のように飛び上がる。先程からなまえが北に叱られてるのではないかとヒヤヒヤと遠くから様子を伺っていたので北が侑に近づいて来ているのは分かっていた。しかし、圧が強すぎる北が目の前で仁王立ちする様は恐怖でしかなかった。
「侑、お前10も下の子に意地張って楽しいか」
「いいえ…」
「何や?言いたいことあるなら言い」
「…俺かて謝ろう思たんですけどずっとサムにくっついとるし、今やって角名にべったりやし。なまえは俺なんか居なくてもええんですよ」
先制の正論パンチに侑は目を泳がせ冷や汗が止まらない。有無を言わさない北にぼそぼそと言い訳じみたことを話す。
「ふーん、別にええで?お前が意地張り続けるんやったら今日は家で引き取るし」
「え?誰ん家ですか」
「俺や。ばーちゃんも喜ぶわ」
「俺が悪かったです。意地張りました、すんません!」
自分でも無理な弁解だと分かっていた。また、ドギツイ正論が返って来ると身構えているとまさかの展開を聞かされ、侑はそれを阻止すべく謝るしか道がない。しかしそれで納得する北ではない。
「俺に謝って終わりとちゃうぞ。お前何が悪かったか分かってるんか」
「治と比べられてつい腹立って意地悪言いました…。約束破ったんは俺でなまえは何も悪ありません」
「子供やからって何も分からんと思ったらあかん。あの子はちゃんと甘えていい時とダメな時をわかっとる。この前の怪我した時もお前来てから泣き喚いてたやろ。きっと俺らやと迷惑かけるって必死で我慢しとったんやろな。親が共働きやからきっと我慢するんがくせになってんねん」
「…」
「そんな子に我儘なんて冗談でも言うのやめとき」
「分かったな?」
「はい」
北の言葉で余計になまえに言ってしまった言葉の重みを知る。言葉のあや、売り言葉に買い言葉でつい言ってしまっただけで深い意味などなかったのに。
いつだったか、なまえの父親に我儘を言わないのが心配やと聞いたことがあった。その時は甘えたのなまえがそんな事するんやと驚いたけど、仕事で忙しい両親に心配をかけないようにする姿は子どものくせになんとも健気で俺がその分目一杯甘えさせてやろうと思てたはずやったのに。1番傷つける事を言ってしまった事を後悔した。
「なまえ」
「…侑くん」
北に手を引かれて連れてこられたなまえがおずおずと侑を見上げる。うるうると今にも泣きそうなその表情に侑は罪悪感で胸がギュッと締め付けられる。真っ先に謝ろうと口を開いた侑より先になまえは侑に飛びついた。
「ッッ侑くんごめんね」
「!」
「侑くんのこときらいなんてウソやねん。さみしくていじわる言うてしもてん…。ごめんなさい」
普段ならしゃがみ込んでなまえを抱きしめる体勢をとる。しかし、それより先に飛び込んできた為に侑の足にぎゅっと抱きつきながらなまえは謝った。
「ほんまは侑くんのこと大すきやから、もうわがまま言わんから、なまえのこときらいならんとって」
「俺も、俺もごめんな。意地悪言うてしもてん。なまえのこと我儘なんて嘘や。ごめんなぁ」
「ほんま?なまえのこときらいやない?」
「おん、俺もなまえのこと大好きやもん。何があっても嫌いになんかならへんで」
侑も謝ると足に顔を埋めてたなまえがパッと顔を上げた。抱きついてた腕が緩んだ隙になまえを抱き上げる。同じ目線になったなまえがまだ眉を下げながら侑を見つめるので安心させるように頭を優しく撫でる。
「じゃあ、なまえとなかなおりしてくれる?」
「当たり前や!仲直りのぎゅー」
「えへへ、ぎゅー!」
半日ぶりに見たなまえの笑顔がたまらなく愛しく感じる。その笑顔にもう絶対傷つけるようなことをしないと心の中で誓った。それはなまえを悲しませるからだけが理由ではない。
今までなら「もう次はないぞ」と圧を送るのは片割れの治だけだった。今日の様子だと今後は治だけではなく北や角名など他の部員も出てくることになるだろう。今後はなまえと喧嘩しようもんならタダでは済まなくなりそうだ。今も北の眼力を背中に一身に浴びながら現実逃避するようになまえをぎゅっと抱きしめる。そして侑はもう二度と喧嘩しないと改めて誓うのであった。
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