喧嘩するほど仲が良い

「え、何があったん」

「…」

「…ぐす」

体育館に顔を出したのは、膨れっ面の侑と半べそかいて治に抱っこされるなまえ。そんないつもの和やか雰囲気ではない3人に一瞬聞くべきか悩んだ尾白がやはり我慢出来ずに尋ねた。

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『侑くん20時なったらなまえとあそんでくれるって言ってたのに!』

『あー、あとでなぁ』

ことの始まりは昨夜の出来事。どうやら侑と遊ぶ約束をしてたらしいなまえが侑の周りをちょこまかと動く。一方、いつもであればなまえ最優先の侑だが今はスマホゲームに夢中のようでソファに寝っ転がったままなまえの方に見向きもしなかった。

『こないだもそお言うて侑くんねちゃったやん〜』

『今ええとこやねん。ちょお待っとき』

なまえも普段であれば侑に相手してもらえないと分かると、治か双子の母親の元にすんなりと向かう。しかし治は風呂、双子母は長電話中で相手にしてもらえないのは目に見えていた。何よりもなまえは侑と遊びたかったのだ。だから約束までして楽しみに待っていたのに。そんなことは梅雨知らずの侑はゲームに合わせて「そりゃ!」「よっしゃ!」とゲームに合わせて声を出すだけで背中に乗ったなまえには目も暮れない。

『むー、もうええもん。侑くんうそばっかやから治くんにあそんでもらうもん』

こうなった侑にいくら纏わりついても無駄だとなまえは幼いながらに知っていた。だってバレーをする時はいつもこうだから。稲荷崎バレー部が薄々「なまえの方が大人なのでは?」と思ってる事はあながち間違いではない。

治のいる風呂場へ向かおうとなまえが侑の背からよいしょと降りる。そこでようやくスマホから顔を上げた侑は不機嫌そうに歪む。スマホから目を離したせいでゲームオーバーの音楽が流れた。

『はぁ?治やって嘘つくしな』

『治くんはそんなことせんもん!治くんは侑くんよりやさしい』

侑がムスッと苛立ったのはゲームオーバーになった事が理由ではない。治と比べられたからである。侑よりも大人かもしれないなまえもやはりまだ小学生だ。侑の怒ってる理由は分かっておらず、さらに火に油を注ぐように治の話を持ち出してしまう。

『なまえが我儘言うからしゃあなしやってるだけちゃう』

『…な、なんでそんなこと言うん?』

『ほんまのことやん。大体なまえが俺を嘘つき呼ばわりするからやろ。謝るんなら今やで』

『ッッ侑くんなんてきらい〜〜!!』

火に油を注いだとはいえ、一概になまえが悪いとは言えない。そもそも侑が約束通り遊んでいればこうはなっていない。しかし、相手は侑である。そんなことを棚に上げ、我儘と言われてしょんぼりするなまえに更に追い討ちをかける。流石になまえも腹を立てたのか捨て台詞を吐いて治の元へとかけて行った。

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「ってことが昨夜のハイライト」

「庇いようがないくらい侑が悪いやん」

「高校生が普通小一と喧嘩するか?」

不貞腐れた侑は足早になまえと治から離れたが、治はアランとその場にいる部員達にことの顛末を伝える。事情を知ると、皆して侑に冷たい視線を送った。侑がなまえとの約束を破り、治の元へと行こうとすると喧嘩を売るなどどう考えても侑が悪い。第一に喧嘩する年齢差ではない。

「よしよし、なまえおいで」

「角名くん〜」

「なまえは悪くないよ。侑が勝手に怒ってるだけだから放っときな」

角名が慰めるようになまえの頭を撫でれば、うるうると瞳を潤ませながら治から角名へと腕を伸ばす。まさか角名になまえを取られるとは思ってなかった治は一瞬驚くも、気づいた時にはなまえは角名に抱かれていてすっかり手持ち無沙汰になってしまう。

「いや、侑も本気で怒っとるわけやないやろ」

「なまえに嫌いって言われて結構ショック受け取ったけど、すぐに謝りに来ると思ってたのになかなか来おへんから拗ねていじけとるだけやな」

「大人げなぁ」

銀島がフォローを入れるが、やはり侑の大人気なさに苦笑するしかない。なまえは角名によしよしと甘やかされたままくっつき虫のようにぴったりとひっついて動かない。怒っているというより喧嘩してショックを受けているのだろう。

「角名も言っとったけど、ツムは放っとき。たまにはキツいお灸すえたったらええねん」

「確かに。どう見ても侑が悪いしなぁ」

「でも、なまえもいじわる言っちゃったもん」

「ツムがなまえを我儘呼ばわりするからや。気にせんでええ」

「いっちゃん我儘言うとる奴やのにな」

「ほんと、どの口が言ってんだよ」

めそめそと落ち込むなまえを角名以外も慰めるように優しく励ます。誰が聞いたって過失は全て侑にあるというのに、喧嘩をしてしまったとへこんでいるなまえに侑には勿体ない良い子だなと聞いてた全員が思った。しかし例外が1人。近くで一部始終を聞いてたらしい北がようやく口を開いた。

「喧嘩両成敗や」


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