稲荷崎キラー

「え、今日なまえちゃん来てへんの」

「なまえちゃんにあげようと家から塗り絵持ってきたのに」

「しゃあないし今日は帰ろかー」

体育館を覗いて、お目当てがいないから残念そうに帰る者が後を立たない。少し前まではこのお目当ては宮兄弟だったのに。

「立場が逆転したなぁ」

侑も治も薄々気づいていたが気づかないフリをしていたことを北に核心をつかれ、思わず目を逸らす。

双子につれられ稲荷崎に顔を出すようになった当初からなまえは有名だった。でもそれは双子の付属品として。バレー部のあの双子の従兄妹。小さい子を可愛がる宮ツインズがヤバい!と瞬く間に稲荷崎で認知されたなまえであるがそれはあくまでオプションに近い形。言わば、双子の引き立て役にすぎなかった。だが、なまえが稲荷崎に顔を出して数ヶ月経った今は。

「なまえちゃんに会いたかった〜」

「癒されたかったのになぁ」

「夏休みやもんな、でも来週の試合も応援来る言うてたわ」

「それやったら、行く予定なかったけど試合見に行こかな」

この有り様である。この間の試合なんかはバレー部を応援するなまえを応援する稲荷崎生という謎の構図が出来上がっていた。まさに北の言った通り、宮兄弟に連れられたちびっ子からなまえちゃんとバレー部の愉快な仲間たちと言う主役の座を手に入れてるのだ。

いまだに侑や治を観に来る女子も少なくはないが、もちろん宮兄弟に好意のある女子たちは従兄妹のなまえにメロメロだし、何よりも宮兄弟のファン以外もなまえの虜と化している。

家庭科部やチアリーダー部から始まり、バレー部と関係の深い吹奏楽はもちろん、違う体育館を使っている女バレやバスケにバトミントン、運動場を使ってる運動部や校内の文化部にまで持ち前の可愛さと愛嬌、人懐っこさで勢力を広げて稲荷崎生を次々と攻略していったのだ。

「数学の浜田先生もこの間なまえに勉強教えとったで」

「え!?浜田先生て無愛想で怖い先生やん」

「せやけど、なまえの学習ノートに良くできましたって可愛いスタンプ押してくれたらしいわ」

「なまえ恐るべしやな…」

赤木や尾白の言うように今では教員、食堂のおばちゃん、用務員、そして校長までもなまえファン、いやなまえ信者化している。だからこそ、なまえが校内を駆けまわって自由に出入りできているのである。単純にまだ子供というのもあるかもしれないが。とにかく、稲荷崎高校におけるなまえの人気は絶大でもはや宮ツインズを遥かに凌ぐものである。

「お!明日は来るらしいから顔だそかな」

いつからか、体育館の入り口の黒板にはなまえ専用のスケジュールボードと化している。初めは侑や治に言わなくともどこに遊びに行ったかわかるように設置されたが、今ではなまえが来ているかを稲荷崎生達が確認する為のものとなった。

『22にち(日)なつ休みやからあそびにくるよ なまえ』となまえ本人が書いた拙い文字が黒板の上の方に書かれている。どう考えてもなまえの身長では届かないので、きっと大耳あたりに抱っこしてもらいながら書いたらしい。

「宮〜。明日なまえちゃん何時に来んの?」

それを見ながら女生徒たちは侑に声をかけた。彼女たちは同じクラスで吹奏楽部に在籍しているので、侑の人でなし具合をよく知っている。端から侑は眼中になく、お目当てはなまえのようだ。

「…なまえは明日は一日中バレー部におらせる」

「はぁ?アンタは家でも可愛がれんねんから、ウチらにもちょっとは譲ってや」

「嫌です〜。なまえは俺の方が好きやもん!しゃあないやん」

「お前いらんとこで喧嘩売るな」

「あた!」

ムスーっとむくれた侑が彼女達を追い払うように顔の前で手をひらひらさせる。やはり従兄妹として長年一緒にいるだけあってなまえは侑のことが大好きなのは事実である。「侑くんはやさしいよ?」と話したなまえに最初は吹奏楽部一同、え?と思ったが確かになまえだけには特に優しかった。

フフンと勝ち誇ったように笑う侑に心底イラッとする。「宮先輩カッコいい〜」と言っていた後輩たちにこの顔を見せてやりたいと心底思っていると尾白が侑の頭を軽く叩いて侑を回収してくれた。もっと強くて叩いてくれてもええのに…と口には出さないが彼女達はそう思っていた。

___


「侑くん?」

稲荷崎には顔を出さなかったなまえだが、宮家には泊まりにやって来ていた。いつもならお喋りな侑が無言で抱きしめるのでなまえは不思議そうに侑の顔を覗く。

「…なまえのファンが増えすぎて寂しい」

「? ふぁんってなぁに?」

「その人のことを好きで応援しとるやつ」

もともと親族内でも大人気のなまえであるが、親族の集まりなど大体は誰かの家で行われる為、なまえの行動範囲は知れている。それに10個も離れてるとはいえ、まだ他の親族に比べ歳の近い侑や治と行動を共にすることが多い。しかし、稲荷崎では侑の知らないうちに年上キラーならぬ稲荷崎キラーとして交友関係を広げているなまえに寂しい気持ちを隠せなかった。

「じゃあなまえは侑くんのファンやね」

「えー、そうなん?」

「なまえ、侑くん大すきやしバレーしとるのいっちばんおーえんしとるもん」

「はぁぁぁぁ…。何でこんな可愛いん?天使やん」

侑が寂しがってるとは分かってないなまえだが、たった今覚えたファンの意味を理解して侑のファンだとを公言する。「侑くんすきー」と擦り寄るなまえに幸せなため息をつく。

「明日すいそうがくのとこあそびに行ってきていい?」

「ええー!侑くんのファンならバレー部の応援しててや」

「なまえ、侑くんのファンやからラッパふいて侑くんのことおーえんしたいねん」

「ハァウッ!…ええよ、行ってき」

「わーい!」

「チョロ…」

甘えるように「ねえねえ、」と話し出したなまえは明日どうやら吹奏楽部に行きたいらしい。侑は今日吹奏楽部の奴らに言ってしまった手前、出来れば行って欲しくないと思っているがなんとも可愛らしい理由にキュンと胸が打たれる。無意識に侑を手のひらで転がすなまえと見事に転がされる侑。それを一部始終を見ていた治がボソリと呟いた。


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