憧れのユニフォーム

「ゆにほーむ、かっこええなぁ。なまえもほしいなぁ」

となまえが何気なく言ったことにより稲荷崎高校家庭科部が本格的に始動を始めるのにそう時間はかからなかった。

「侑くん見て〜〜」

終業式が終わり明日から始まる夏休みにいつもより活気づいている稲荷崎高校。その中でも一際小さななまえは夏休みにはしゃぐ生徒たちのように嬉しそうに元気にかけまわっていた。今日もどこかの部活動に遊びに出かけてたらしくバレー部の休憩に合わせて戻ってきたなまえは一目散に侑にかけよった。

さっきまで夏らしい真っ白のワンピースを着てたはずのなまえが、真っ黒のTシャツに短パン姿になっている。最近では美術部や書道部にも出入りしてるのでそこで汚して着替えたんかなと侑は思うがよく見れば、衿元の白いライン、そして極め付けになまえが背中を向けるとそこには稲荷崎高校の文字。

「お!ユニフォームやんか」

「おねえちゃんらが作ってくれてん」

「良かったなぁ、むっちゃ似合うとるわ!」

「えへへ、治くんにも見せてくる!!」

それはもう誕生日やサンタさんからのプレゼントをもらったくらいのはしゃぎようで嬉しいのを抑えられないのか、「治くん治くん」と呼びながらぴょこぴょこ飛んでいるくらいだ。治の隣にいた角名が早速スマホで撮影すると、くるくるまわったり満面の笑顔でピースしている。

黒いシンプルなデザインの稲荷崎のユニフォームであるが、着る人が違えばこんなにも可愛く見えるのかとはしゃぎ回るなまえを遠巻きに見ていた部員たちはもれなく全員そう思った。

「ねぇねぇ角名くん!なまえゆにほーむ、にあってる?治くんみたいにかっこいい?」

「うん、似合ってるよ。治よりかっこいい」

「えー!ほんま?でも治くんはゆにほーむなくても、なまえよりむっちゃかっこいいねんでー」

「…なぁ角名、その動画後で送っといて」

「治も大概だよね」

角名を見上げながら、サラッと治を褒めるなまえをおさめたその動画を「絶対やぞ」と強請る治はなまえの言うようにかっこよくは見えず、ただただ従兄妹を溺愛する阿呆面にしか見えなかった。

なまえなら黒いTシャツと短パンを渡せば大喜びしただろうが、そこは家庭科部の意地である。ユニフォームに近い生地を使い、バレー部監督に事前に借りたユニフォームを参考にしながら完全再現を試みた。

家庭科部とは言いつつなまえ衣装部と言っても過言ではないくらいの熱量で作られたチアガールの衣装に続いて出来上がったユニフォームであるが問題が一つ。侑がすぐにそれをユニホームだと気づけなかった理由でもある。

「でも番号がないね」

「まだ、しさくひんやねんて!でもなまえのすきなばんごうつけてくれるの」

「…ああ、なるほどね」

「?」

角名がそれに気づいて指摘すると、試作品だとなまえは話す。多分試作品の意味は分かってない。しかし以前北の誕生日により双子のヤキモチが暴走したことはどうやら家庭科部の耳にも入ってるらしく、あえて番号を付けなかったのは家庭科部なりの配慮だと角名は気づいていた。

「せやったら治くんとおんなじ11にするんやんなー」

「いやいやラッキー7で縁起のいい侑くんとお揃いがええよなぁ」

「なまえは信介くんとおんなじ1ばんがええなぁ」

「「…」」

ようやく双子のヤキモチが落ち着いてきて今まで通り遊びに出かけたり、3年とも普通に接してもとやかく言わなくなってきたところに爆弾を投下するなまえにアチャと角名は心の中で思う。小学生のなまえに空気を読むというのは難しいことではあるが、悪気のない一言こそ殺傷力が高く、より心を抉るものである。

「あ、でもかんとくといっしょがいい!」

すっかり撃沈した双子を気にも留めず、なまえはダメージを食らっていない角名に話を続ける。

「やってかんとくやから、いっちばんつよくていっちばんかっこいいねんで」

「へぇ…。ですって監督」

「…なまえをコーチとして雇いたい。ベンチに一緒に座ってくれへんかな、ほんまに」

残念ながら監督には番号がないのでつけることはできないのだが、傍で聞いていた監督はなまえの可愛すぎる発言に先程の治のようにメロメロになる。今日もなまえの人たらしは健在だ。未だにビデオでなまえを撮り続けていた角名は、これあとで監督に売りつけようと思案していた。

「…ハッ!なまえにマネージャーさせたらいけるんか」

「監督、嬉しさが限界突破して壊れてしもた」

「監督!むっちゃいい案ですね!!」

「双子、乗らんでええ」

話がいらん方向に進んでいくことに今まで様子見をしていた尾白も流石に止めに入る事態になる。

「なまえがマネージャーやったら日本一どころか世界制覇も夢やないですね!」

「せやな!!世界目指すで!!」

「どうやって小一が高校に編入できんねん。海外とちゃうねんぞ」

「勉強は北さんが見てくれはるから大丈夫です!」

「お前が教えへんのかい!」

なまえがマネージャーをやるなら最高やとワァッと元気よく復活した双子に尾白が律儀に突っ込んでいく。

「なまえはツムより賢いで?」

「それはそれで侑がやばい」

「大体、平仮名たし算習い出したとこやのに無理やろ」

「アランくん!なまえかけ算できるよ!治くんとれんしゅーしてん」

「なー」

侑がなまえよりも人間として賢いというのには納得できるが、学力的に負けてるのであればそれはそれでヤバイなと角名がケラケラと笑う。まだ一年生だがなまえはどうやらもうかけ算まで出来るらしい。褒めて欲しそうに尾白にくっつくなまえの頭をよしよしと撫でると嬉しそうに微笑んだ。

「ツム、もうなまえに掛け算負けとるもんな」

「そんなことないわ」

「いまだに7の段つまずいてるやつが何言うてんねん」

「うっさいわ!あん時ちょこっと間違うただけやろ」

「侑くん、なまえも7のだんにがてやよ!なつ休み中にできるようがんばろー」

明日から始まる夏休みに出された宿題以上に勉強をするつもりのなまえは「いっしょにやろうね」と侑を誘うが、目を逸らしてるところを見るとその役目は治がやる事になりそうだ。

「侑、出された宿題はやらなあかんで」

「…」

「試合どころか留年したら洒落にならへんで」

「この際、10回留年したらなまえと同級生になれるよ」

「倫太郎いらんこと言わんでええねん」

先程と同じように尾白から目を離すところを見ると自分の宿題すら全くやる気がなかったようだ。これは定期的に声をかけとかなければ夏休み最終日になって泣きついてくることになると尾白は嫌な予感を察知する。

「…!それはそれでありやな。なまえにマネージャーやってもらえるし」

「留年したら大会には出られへんで。あと宿題出来ひんのやったら教えたるけど」

「じ、自分でやります」

「今言うたこと忘れたあかんで」

角名の冗談を真に受けた侑に北が背後から正論パンチを飛ばすと和やかな雰囲気が一転し、侑はダラダラと冷や汗をかく。北に勉強を教えてもらうなど恐怖以外の何物でもない。ただ1人なまえだけが「なまえは信介くんと宿題したいな」と羨ましそうにつぶやいていた。


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