やきもちをやく

7月に入り本格的に夏が到来した。学生の夏といえば、やはり夏休み。部活があるとはいえ、夏祭りや海、プール、花火と夏のイベントを待ち望んでいる人も多いだろう。

しかし、その待望の夏休み前に期末テストという試練が待ち受けている。夏休みを補習で台無しにしたくない稲荷崎高校の生徒たちはなんとかテスト週間を乗り越えてようやく数日後に迫る待ち焦がれた夏休みがやって来るのを待つだけ。そんな意気揚々と過ごすそ生徒が多い中、むすくれた宮兄弟が従兄妹のなまえを離すもんかと抱きしめていた。

この要因は期末テストではない。補習もギリギリ回避したらしい。何が原因かと言うと期末テストより前にあった北の誕生日である。その日を過ぎてからというものの、侑そして治までもなまえにべったりになったのだ。その理由は至極単純で、なまえが北の誕生日を双子に内緒で用意していたから。要は完全に拗ねてるだけである。

「ふん、3年生らは油断も隙もないわ」

「ほんまやで、俺らに秘密にするとか大人気ないわ」

なまえを抱いたまま他の奴を近寄らせまいと威嚇してる様こそ何とも大人気ない、子供じみた行為である。侑にむぎゅーと抱きしめられながらも嫌がりもせず「よしよし」と侑の頭を撫でてあげてるなまえが1番大人なのかもしれない。

「侑くんおこってるの?」

「怒ってへん。なまえには怒ってへんけど、嫌なもんは嫌なんや」

「あー、あかん。思い出しただけで心臓痛い。ツムはよなまえ返せ」

「つぎは治くんのばん〜。ぎゅー」

侑の腕からスルリと抜け出したなまえは隣に座る治に抱きつく。こうして5分おきに双子の腕の中を行ったり来たりしては2人を充電するようなまえはぎゅっと抱きつく。

侑と治のヤキモチを鬱陶しがることなく、むしろ嬉しそうにくっつくなまえに治はぐりぐりと頭を押し付けると「くすぐったい〜」となまえの笑い声が響いた。

治の言う思い出したくない記憶というのはこの間終わった期末テストではない。もちろんそれも思い出したくないのだが、やはりそれ以上に北の誕生日の出来事である。

あの日はジュースを奢ると言った角名に喜んで着いて行った。何故か体育館から1番遠い自販機に連れられた訳だが、角名は「北さん誕生日だからお茶でも差し入れしようと思って。ここのお茶がいいんだって。ついでに奢るよ」といつものトーンで話すので何も疑問を持たずにそのまま自販機前のベンチで喋っていた。

しかし、通りすがった同級生からなまえが来ていると話を聞いて思わず侑と目を合わせる。お互いになまえが今日来るなど聞いていなかった。角名は平然としていたが、銀島はあからさまにヤバイと言う顔で目を逸らされたので一瞬にして嫌な予感が2人の脳裏によぎる。角名と銀島を置いてダッシュで体育館に戻れば、やはりなまえが北と一緒にいるところだった。

そして極め付けに今まで北にはスキンシップをしてこなかったなまえがとうとうその一線を超えてしまったからである。

「なまえ、言うてたのやらんの?」

「えー、やっぱりはずかしいもん」

「なんや?」

「ほら、こんな機会やないとできひんで」

「…信介くん、18さいおめでとう」

覚悟を決めたように北の服をちょんちょんと引っ張るのでなまえに合わせるようにしゃがみ込む。服をぎゅっと持ったままのなまえが北の頬に口付けるとチュッと可愛らしいリップ音がなった。

北が驚いたのも束の間で、ちょうど戻ってきた双子の叫び声をだして慌てふためいたことにより体育館は一時騒然となった。それ以降、3年になまえが近寄らないようこうして常にみずきを手元に置いてる。

「なまえ」

「ん?」

「これからは内緒にするんはなしな。寂しくて死んでまうわ」

「治くんうさぎさんみたい!よしよし」

正直、知っていたとしてもなまえが北の為に誕生日プレゼントを選ぶのを喜んで手伝えたかは怪しい。侑がなまえの邪魔をして泣かせることになったかもしれない。そう思うと赤木が内緒にするようにしてたのは正しかったのだろう。

しかしやっぱり内緒にされるのは寂しくて、出来ることならもう二度と味わいたくない。10も歳が下のなまえに縋るように見つめれば、なまえはふれあい動物園で小さな子うさぎを触った時のように優しく治の頭を撫でる。

「せやで、なまえはうさぎ好きやろ」

「うん、すきー」

「やったら、ちゃんと構ってな」

「でもなまえはうさぎさんもすきやけど、治くんのがすきやよ?」

「はぁぁぁぁ…。何でこんな可愛えの?もー、これ以上メロメロにさせんとってや」

「こんどの銀ちゃんのおたんじょうびのプレゼントはいっしょにかいに行こうね」

ニコニコと「やくそくね」と小指を差し出すなまえはきっと治の真意やヤキモチの意味を全く理解していない。またいつか同じようなことを繰り返すことになるだろう。だけどなまえにこんなにもメロメロになるまで陥落されている治はその時がまた訪れてもなまえに強く言うことは出来ないだろう。可愛すぎるというのも問題やなぁと指切りをしながら治はそう思った。

「おいサムええ加減返せ」

「はいはい」

あっという間に5分経ったのか、横から侑になまえを催促される。侑も治も充電が5分も保たないなんて何とも物持ちが悪いバッテリーである。

「なまえぎゅー」

「あ、侑くんテスト100てん?」

「ええー、なんで急にそんな恐ろしいこと聞くんや」

侑の膝に向き合うように座り込んだなまえが突如期末テストについて言及するので侑もそして治もギョッとする。赤点はなんとか回避したものの、口に出して言えるような数字ではない。

「信介くんがちゃんとやってたら100てんとれるって言うてた」

「うちの可愛い従兄妹がいつのまにか北さんイズムを継承しとる」

「おそろしいな」

北に懐いているなまえが「挨拶はきちんとせなあかんで」「モップ掃除はこうやんねん」「今日の宿題ちゃんとやったか」とあれやこれやと知らず知らずのうちに礼儀やマナーを教えてもらっている。このままではいつか可愛らしいなまえからミニ正論パンチが飛んでくることがあるかと思うと侑と治は背筋がヒヤリとした。

「俺はバレーが100点やからええねん!」

捨て台詞のように吐いた侑の言葉に北であれば「それとこれは話が別やろ」と言われかねないが、なまえは「侑くんはかっこええもんね」と屈託なく笑った。どうやらまだ正論パンチが飛んでくることはなさそうで侑はホッと息を吐きながら、このまま純粋で可愛いままでおってくれと願うのだった。


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