6限目の体育ほどだるいもんはない。いや1限目でも嫌だけど。部活と違って怖い主将の目がないし、校外のランニングで注意する教師もいないので角名がダラダラと走っていると、よく知る声が後ろから聞こえた。
「周回遅れやぞ!」
先頭を走る侑だ。振り返る前に勢いよく侑と治に抜かされる。体育は1・2組合同なので、部活と同じく双子の競い合う姿が見られる。止める方が面倒なので、よくやるよ…とその後ろ姿を見送った。
「お前は手ぇ抜きすぎや」
「…この後部活でも走るんだからいいじゃん」
双子のすぐ後ろを走っていた銀島にボヤかれたので反論するも、その背中は遠のいて聞こえてないようだった。
その時ふと見覚えのある栗毛を見つける。双子溺愛のちびっ子。いつもは一度自宅に帰った後にうさぎのリュックを背負って稲荷崎にやってくるが、今はランドセルを背負ってるところを見ると下校中らしい。そしてその隣には少年が1人。
「なまえ」
「あ、角名くんや」
声をかけるとなまえは嬉しそうにピンク色のランドセルを揺らして角名にかけよる。横を歩いていた少年はなまえが離れたことに不服そうに顔を歪め、幾分も背の高い角名を見上げる少年の目は鋭く、睨み付けるような視線を送っている。ああ、これはなまえに片想いしており自分が恋敵認定されたなと角名はすぐにその視線の意味に気づいた。
「おい、はよあそびに行くぞ」
「かえるやくそくはしたけど、あそぶやくそくはしてへんよ?」
「っっ!たまにはオレともあそべや!」
「いたっ」
面白いなぁと見ていたが、ぐいっとなまえの手を遠慮なく引く少年に見かねてひょいと抱き上げる。ランドセルの分でいつもより重い。なまえは一瞬キョトンとしていたがすぐに嬉しそうに角名の首に腕を回した。
「女の子に乱暴したら嫌われるんじゃない?」
こんな場面、あの双子だったら相手が子供だとしても容赦なく追い詰めていただろうが、流石に双子と違って子供相手に本気で怒鳴り散らすことはない。諭すように淡々と角名が話すと逃げるように少年は去って行った。
角名はいつも通りの口調のつもりだろうが、少年からすれば倍近くある背丈の高校生に顔色も変えずに注意されかなりの恐怖だった。逃げ出したとしてもしょうがないだろう。好きな女の子の前で泣かなかっただけマシである。
「今日も来るの?」
「うん!角名くんぶかつやのに、なまえだっこしててええの?」
「…これは体育の授業で走ってるから大丈夫だよ」
実際は全く大丈夫ではないのだが。けれど角名はなまえを抱いたままゆっくりと歩を進める。なまえが稲荷崎にしょっちゅう顔を出すおかげか、最近では教師陣も手中に収め始めているのだ。体育教師がなまえのことを特に気に入っているので、なまえを連れて行けば怒られることはないだろうと角名は踏んでいた。
「校門に双子と先生いるから来る?」
「うん!」
「なまえちゃん」
「あ、あつしくん」
正直、なまえのことはあまり抱き慣れてない。抱っこ担当は治か尾白が多いし、侑の様に自らなまえを抱っこしたのも今日が初めてである。そろそろ降りてもらおうと思っていた矢先、なまえよりもいくつか年上の少年に声をかけられた。
「この人がいつも言ってる従兄弟のお兄さん?」
「ううん、角名くんはなまえのおともだち」
「なまえちゃんと同じマンションのあつしです」
「どーも、角名です」
「なまえちゃん、お兄さんの邪魔したあかんから僕と帰ろか」
この少年もどうやらなまえに気があるらしい。双子が溺愛するだけあってなまえは小学校内でもモテモテのようだ。次から次へと虫が寄ってくるなぁと角名が顔を歪めた。双子ほど可愛がってるつもりはないが、やはりなまえに悪い虫が寄って来るのを見るのは気分悪い。
「なまえ、角名くんのがすきやから角名くんとおる」
「…意外とはっきり物言うんだね」
「信介くんみたいやった??」
「北さん?」
「ごまかすのはあかんって、こないだ信介くん言うててん」
なまえのような誰からでも可愛がられる人気者のヒロインというのはおしとやかで優しいのが鉄板だろうが、なまえはハッキリと答えるので角名は少し驚く。どうやらそれは北の教えらしい。こんな小さな子に北イズムが浸透してることは恐ろしいが、素直に好きと言われて悪い気はしなかった。
一方、振られた少年は先程のように睨みつけられることはないが、口元は笑っていてもその目は笑っていない。
「…そっか、なまえちゃんまたね」
「ばいばーい!」
「明日は学校一緒に行くもんね?」
「なまえ、ぎゅー」
「ぎゅー?」
侑や治にやるようにむぎゅーっと抱きつくなまえの頭をポンポンと撫で、少年の細やかな反撃をねじ伏せる。少年、俺如きにライバル意識燃やしても上には上がいるからね。なまえにとって俺は好きの下位グループだし、2年同士なら銀の方に懐いてる。悔しそうに1人帰って行く少年を見ながら、角名はほくそ笑む。
「角名くん今日はごきげんやね」
「上手いこと操れたからね」
「なまえも角名くんとぎゅーできてうれしい〜」
にこにこと屈託なく笑って角名の頬にすり寄るなまえにいつもの無表情の顔も少し緩む。どうやら自分も知らぬ間になまえの手中の中の様だ。
もともと可愛いとは思っていたが、他の子どもより可愛いというだけで、あとは双子や北の弱みを掴む為に使える便利で面白いものとしか思っていなかったはずなのに。
「…なまえはやっぱり人たらしだね」
「? 角名くんもみたらしすきなん?」
「うん、好きだよ」
「なまえもすきー」
可愛いなと思うだけじゃ足りなくなる。仲良くなりたいとか、もっと好かれたいとか自分らしくない事を考えてしまう。こんな小さな子にまさか入れ込むなんて思わなかった。これじゃあ双子に溺愛しすぎと言えなくなるなと角名は苦笑いをした。
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「およ?なまえやんか。角名に抱っこされてんの珍しいなぁ」
「えへ、角名くんぎゅーもしてくれてん」
「おい角名、お前何してんねん。離れろや」
「悪い虫追っ払ってたのに酷い言いよう」
「え、虫さんおったん?」
「うん、ちっちゃいのが二匹。なまえ気をつけなね」
「? はぁい」
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