「悪いニュースと良いニュースどっちから聞きたいか言うてみ」
「…」
聞く以外の選択肢はないだろうかと角名は思う。あいにく、部室には角名と双子のみ。逃げ場はない。双子の顔は真剣そのもので答えざるを得ない空気に早く他の奴ら来ないかなと角名は心の中で舌打ちをした。
「…じゃあ、良い方から」
「これ見てみ」
差し出されたスマホをみれば動画が再生される。ホワイトとグリーンを基調とした花が飾られたナチュラルな印象のチャペル。6月の今で言うと、ジューンブライド。花嫁が幸せになれると縁起の良いと言われてる時期。重厚感のある扉が開くとそこにはウエディングドレスを纏う花嫁ではなく、見知った少女が現れた。
「親戚の姉ちゃんの結婚式あってんけどな」
「なまえがリングガールしてん」
その姿は、いつものうさぎのワンピースやクマのワッペンがついたトレーナーのような普段着ではない。薄紫のドレスで胸元には紫やピンクの花が飾られ、スカート部分はレースが何枚も重なっている。ビーズやスパンコールが刺繍されているドレスが照明に当たってキラキラと光った。
動画越しにも「可愛い」「やばい」「天使」とどこの誰かも分からない人々の歓声と鳴り止まないシャッター音が聞こえる。なまえ自身もフラッシュの点滅にびっくりしたようで大きな瞳をパチクリとさせていた。
「新婦よりも大歓声で迎えられたうちのスーパーアイドル」
「それってどうなの」
結婚式ということでいつもよりも着飾り、淡い薄紫のドレスを身に纏ったなまえがピンクの花びらがいくつも飾られたバージンロードをはにかみながら歩くと悲鳴に近い歓声も聞こえてきた。
「いや、新婦の姉ちゃんがなまえの熱狂的ファンやから1番叫んでたわ」
「せやな、姉ちゃんの希望でなまえもお色直しあったしな」
「…お前らの親族大丈夫?」
新婦のお色直しは結婚式の定番、メインイベントであるが親族のお色直しは未だかつて聞いたことがなく、角名は双子がおかしい奴らだとはとうの昔から分かっていたが、もはや親族全てネジが一、二本抜けたやばい奴らなのではと疑念を抱く。
「いや、新婦と同じくらい向こうの親族や友人と写真撮ってください言われとったもんな」
「なまえの可愛さは万人共通やからな!」
「それはもう出席者全員やばいじゃん…」
結婚式において新郎が脇役感に溢れるのはしょうがないとしても主役である新婦と同じくらいゲストの親類の子どもが目立つってどうなんだ。ああ、でも次々と見せられるなまえの写真に確かに二着目のピンクのドレスも可愛いなと思ってしまう角名だった。
「で、良いニュースって何」
「なまえがドレス着て可愛かったってことやん」
「…じゃあ、悪いニュースって?」
単純になまえが可愛かったと自慢したいだけの話であって全くもって角名に何のメリットもないこの話は角名にとって良いニュースではない。口に出そうになったそれをなんとか飲み込んで無表情のまま話を促すと侑と治はニヤニヤしてた表情が一瞬で暗くなる。
「なまえがな、よりにもよって花嫁のブーケとってしまったんや…」
「ただでさえ結婚式にでて結婚に憧れ持ってしまったのに」
「へぇ」
「俺、これでなまえが北さんと結婚するなんて言い出したら死んでまう」
「ツム、口に出すなや!想像してしもうたやんけ」
娘の結婚を愛おしさのあまり寂しがるのは良く聞く話であるが、こいつらの場合は従兄妹のしかもまだ年端のいかない少女である。
「でな、角名は参謀やんか」
「参謀的にどうにかしてなまえを結婚から遠ざける方法はないか?」
「その設定まだ生きてたの」
治がすっかり忘れきっていたなまえの初恋相手探し隊の設定を引っ張り出してくる。そもそも勝手に双子が命名しただけで角名は受け入れたつもりもない。
「当たり前やん。参謀の教えた投げキッス結婚式でも大好評やったで」
「せやせや、叔父ちゃんが今度角名に直々にお礼したいって言うとった」
「遠慮しておく」
この間優勝した兵庫県総体では双子をからかうつもりでなまえに教えたそれが思いの外、双子が大喜びさせることになったのは計算外だった。話を聞く限り、双子よりもなまえのことを溺愛してると噂の父親の申し出を角名は丁重に断る。
さて、どうしたもんかなと双子のあしらい方に悩んでいると主将を含めた3年がぞろぞろと部室にやってきたので、双子の興味が尾白にいってる間に角名は逃げるようにそそくさと部室から退散するのだった。
___
「結婚式楽しかった?」
「うん!おねえちゃん、すっごくかわいかった〜」
なまえが来るのが当たり前になりつつある金曜日。数日は結婚式のブーケトスのことで煩かった双子も今はもう忘れてるようで角名にウザ絡みをすることはなくなった。
「なまえもドレスきてん!」「すっごくすっごくおっきなケーキはじめて見たの!」とニコニコと嬉しそうに結婚式の思い出を話すなまえに角名は小さく相槌をうっていく。角名の表情は変わらないが、そっけなさそうに見えてもなまえの話に耳を傾けてくれていた。
「この間教えたやつしたんだって?」
「ちゅってするやつ?」
「うん」
「なんかね、みんなへんなこえ出してしゃしんとってたぁ」
投げキッスをするなまえが結婚式の参加者を次々と悶えさせたことを角名は簡単に想像出来たが、本人はよく分かっていない様子が少し笑える。
「あとね、おねえちゃんからお花もらってん」
「ああ、ブーケトスね」
「?」
「幸せのお裾分けって言ってそのお花をもらった人は幸せになれるんだよ」
「あ!しあわせって楽しいってことでしょ?」
「まぁニュアンスは大体あってるかな」
「でもなまえ、もうたくさんしあわせやねん」
今日のおやつは大好きなチョコレートだったこと。治に抱っこしてもらったことや、大耳には高い高いしてもらったこと。初恋相手の北に恥ずかしがらずに挨拶ができたこと。侑に持ってきたおやつをあげたら大喜びしてくれたこと。赤木に宿題をみてもらったこと。あとね、あとねと今日の小さな幸せを一つずつあげていく。
「なまえは明日も幸せなんだろうね」
「じゃあ明日も角名くんとおしゃべりしたいなぁ」
角名とお喋りすることも幸せの一つだと本当に嬉しそうに、そして幸せそうにふにゃふにゃと笑うなまえになんだか照れ臭くってくすぐったい気持ちになる。けれど初めて会ったあの日のように視線を逸らさずなまえを見ると「あ、銀ちゃんにドレスにあってるってほめられたことも!」とまた幸せな出来事を一つ追加した。
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