痛いの痛いのとんでいけ

先週の兵庫県総体の二試合目の序盤では、溺愛してる従兄妹の「信介くんがいちばん」発言にすっかり意気消沈して完全にスイッチが切れていた侑と治だった。しかし、1回目のタイムアウト時に直ぐに調子を持ち直したのも従兄妹のなまえのおかげである。

応援席から(角名の入れ知恵による)なんとも可愛らしい投げキッスを披露したなまえに「何あれむっちゃ可愛いやんけ!!」「ちょ、え、誰か写真!写真撮っといてぇぇ!!」と試合中にも関わらず大騒ぎしながらもその試合も翌日の試合も難なく勝ち進んだ。

「あいつらアレで大真面目やから怖いわ」

「今更言ったところで変わらんやろ」

明日の試合に備え、いつもより少し早く無人になった体育館の戸締りをしながら、先週の試合を思い出して尾白が溜息を吐いた。幼いなまえの言動や行動に一喜一憂する双子に一番手を焼いてるのは、双子を昔から知ってる尾白である。

そんな苦労人、尾白に対して同じく鍵当番の北はそっけなく答えた。北から注意すれば多少効くのではないかという尾白の淡い期待が消え去る。

「アイツらは特に大袈裟やけど、なまえが可愛らしいんは事実やしな」

「それは分かってんねん、分かってんねんけどな…」

北が振り返って見つめる先には、練習を早めに切り上げたとは言え辺りは暗くなった中、未だに元気よく走り回るなまえがいた。一緒に帰る双子が着替え終わるまで1人でスキップして遊んでいるようだった。

斯く言う尾白もちゃっかりグループラインに上がったなまえの投げキス動画(家庭科部撮影)を保存している訳だし、可愛がっていない訳ではない。問題はなまえではなく双子の方。ただもう少し、年相応の落ち着きを持ってほしいという細やかな願いなのである。

「心配せんでもそのうち双子やなくて、なまえの方が双子離れするわ」

「それを素直に受け入れる奴らとちゃうやろ」

「せやなぁ」

悪巧みを考えるように北が笑うが、尾白はうーんと頭を抱える。治はほんまになまえが嫌がったらそっと見守るやろけど、侑の方はなまえが離れていくのを許さんような気がするなぁと具体的な想像が浮かんでしまった。

阿呆な話はやめて部室に向かおうとした時、ドシャっっと大きな音がなる。振り返った先になまえが地面にうつ伏せになっていた。暗がりで段差に気づかずにどうやら思いっきり転んだらしい。

「大丈夫か?抱っこしたろか」

尾白と北が駆け寄ると、なまえの両膝は擦りむいて赤く血が滲んでいて痛々しい。心配した尾白がいつも甘えてくる時のように抱っこしてやろうとすれば、フルフルと小さく首を振った。

まんまるの瞳に涙をいっぱい溜め、まぶたを閉じるたびにボロボロと大きな涙がこぼれ落ちた。それでも泣くのを我慢しているのか唇を噛み締め小さな手で服をギュッと握りしめている。

「我慢できるか」

「… なまえなかへんよ。がまんできるもん」

「偉いなぁ。一旦、水で流さなあかんな、おいで」

いつものような元気な返事はなく、こくんと小さく頷いて北の手を握りしめた。いつもように恥ずかしがる余裕もないようだった。

「痛ないか?」

「だい、じょーぶ」

「なまえ〜、帰るで〜!」

一番近い水道に連れて行き、膝についた砂を水で流す。「大丈夫」とたどたどしく言うものの、唇を噛み締めている姿はどう見たって痛いのを我慢しているようだった。水で流れて滲む血を北がタオルで抑えていると、先に着替え終わったらしい侑が明るい声でなまえを呼んだ。

「あつ、侑くん。だっこ、だっこッッ!」

「ん〜?どうしたんや」

「うっ…うわぁぁん!!!」

今にも泣き出しそうに涙を目にいっぱい溜めながら必死に手を伸ばして寄ってくるなまえに侑は首を傾げる。

そもそもなまえは侑に抱っこを要求することが少ない。いや、ほぼないと言ってもいい。前に怪我させた事が原因なのか分からないが、侑ではなく治に抱っこをせがむことが圧倒的に多いのだ。

治に抱っこされるのが一番好きなようだが、基本甘えたで人見知りしないので治がいなくとも抱っこしてほしければ近くにいる誰かに言う。だから侑にその役目がまわってくることがない。

だからこそ必死に侑に縋るなまえに何かあったんやなぁとすぐに抱き抱えるとなまえは細っこい腕で侑の首にギュッとしがみついた瞬間、糸が切れたように大声で泣き出した。

「さっきそこで転けてん」と尾白が説明する。まだ血が少し滲んだ膝。いつもなら怪我したその瞬間からギャン泣きするのに、どうやら今回は侑が来るまで泣くのを我慢したらしい。

「足怪我したんか。よっしゃ、侑くんが治したろ!痛いの痛いのサムに飛んでけ〜!!」

「…うぐぁ、腹が腹が痛い。」

少し遅れてやってきた治が一瞬なんで俺やねんと気怠げな顔をしたのだが、ギャン泣きしてるなまえを見てすぐにお腹を抱え込んだフリをする。それを見たなまえの涙もピタって止まった。

「なまえ〜、このままやと晩飯食べられへんから俺にも飛んでけしてや」

「よし、なまえ!今度はアランくんに飛んでけしたろ」

「ぐすっ、アランくんにとんでけしたら、かわいそうやよ」

「じゃあツムにしたり」

「俺はいいんかい!」

とはいえ、まだいつもの笑顔は見られず鼻をぐすぐすさせてはいるものの、双子の即興劇に痛みで泣いてたことはすっかり忘れているようだった。

「なまえ、また明日も応援来てくれるんやろ?」

「うん」

「せやったらいつもみたいに笑って応援してな」

「うん、わかった!」

侑はなまえを抱きかかえたまま、器用に片手でなまえの涙の跡と鼻水を躊躇なく制服の袖でぬぐう。声は極めて優しく、聞いたことないような柔らかな侑の口調と穏やかな表情にようやくニコリとなまえがいつものように笑った。

「はじめて侑がお兄ちゃんらしく見えたわ」

「意外と双子離れ出来へんのなまえはやったりしてな」

「いや、それはないやろ」

「せやな。冗談や」

ひどく愛おしそうに目を細めてなまえをみる侑に一部始終を見ていた尾白がボソリと呟く。他者から見て治はまだなまえのお兄ちゃんに見えるが、侑は友達。下手したら弟に見えることも多いのだ。冗談と言う北の表情は先程のように楽しそうに笑っていた。

「帰ったら、うさぎのバンドエイド貼ったるわ」

「うさちゃんバンドエイド、こないだ侑くんがつかったからもうない…」

「ほんまお前、いらんことばっかしよるな」

「しゃあないな。コンビニでサムに新しいの買ってもらおな!」

「自分で買えや!」

兄らしく見えたのも一瞬で、すぐにいつもの調子に戻る侑だったが、なまえにとってはどんな侑でも大好きな従兄妹に変わりなく、嬉しそうに侑にぎゅうっと抱きつくのだった。


prev next

return