ほっぺにちゅー

侑と治の溺愛してる従兄妹は四六時中、2人に引っ付いてるわけではない。仲良しなことに変わりはないが、双子がいなくともそれ以外の自分と一緒に遊んでくれる人を好んで一緒にいることも多い。バレー部内で言えば、その筆頭が銀島である。

「銀ちゃん、なまえのことすき〜?」

「おー!もちろんや。大好きやで〜」

「へへ、なまえも銀ちゃん大すき〜」

熱血漢で面倒見がいい性格に、双子と同学年で一緒にいる事も多いので、淡い恋心を寄せる北や従兄妹である双子に敵わなくとも劣らないくらい銀島にはバレー部の中でも特に懐いてる。だからこうして今もキャッキャッと銀の膝の上にのって楽しそうに話していた。

「ねぇ、あれは許していいの?」

目に入れても痛くないというほどに溺愛してるからこそ、双子はあまりなまえの恋路を応援していない。この間まで阻止しよう模索してたくらいである。

流石になまえの初恋相手というのが双子も恐れる主将、北だからか何かするという事はないが、よく思ってないことは確実で隙あらばなまえの好きな人ランキングの一位の座に返り咲こうと必死なのだ。

だからこそ、すぐ目の前で銀島に好き好き言ってるのを気に止めない事に角名はふと不思議に思う。

「いやいや、銀は完全に友人枠やもん」

「所詮、友だち止まりで終わるタイプやな」

「なまえのリップサービスや」

「有り難く受け取っときや」

角名の一言を聞いて、2人揃ってなまえと銀島が仲良さそうに話すのを一瞥するも、気にも止めない余裕綽々たる面持ちだった。双子の明らかに銀島を見下すような発言に角名は、お前らも従兄妹止まりじゃんとは口にしないでおいた。しかし、なまえの次の言葉に戦慄することになる。

「じゃあ、銀ちゃんにほっぺにちゅーする〜」

「「あかん!!」」

自分達の方がなまえに懐かれてるという自負から、見下すような余裕の表情から一転、銀島となまえの間に割って入るまでの勢いは、これぞ関西人という見事なツッコミの間である。

「なまえ、何言うとんねん」

「ちゅーは誰彼構わずやったあかんって決めたやろ?」

親族のスーパーアイドル、なまえのほっぺにちゅーは大人気のファンサービスであるが、あまりにも「俺もやって」「私も!」と要求が激しくなったこともあり、なまえの父親によって『ほっぺにちゅー条例』が公布されるようになった。その為、双子でさえ中々してもらえないレアな愛嬌なのである。

「えー、すきどおしはちゅーしてええって言うとったよ?」

「そうやけど、そうやないねん」

なまえ自体はそれを嫌がってる様子はないので、なまえから自主的にされるのは基本的にOKなのだが、めざとい父親により親族以外は原則禁止というルールが課せられている。しかし本人は全くわかっていない。

なまえは、ちゅーは好きな人同士がすることと言う認識の為、大好きな双子や父親にするように仲良しの銀島にもするつもりなのだが、双子に阻止される理由が分からず頭にはハテナがいっぱいだ。

「…16歳なるまでしたあかんって新しく決まってん」

「でもきのう、侑くんにおやすみのちゅーしたで」

「おい、お前何しとん」

「やって可愛いかってんもん」

良い説明が浮かばずしれっと嘘をつく治だったが、横の侑が全てを台無しにする。侑のことだから条例違反に間違いない。なまえが自主的にやったのではなく、お願いしてしてもらったのだろう。ルールを守らない片割れに苛立った治が侑の裏ももを蹴り飛ばしたのを皮切りに双子乱闘が勃発する。

「俺、たまにこいつらほんまに大丈夫やろかって心配なるわ」

「え、そうなの?俺は毎日思ってるよ」

取っ組み合いのレベルではないので、また始まったと角名と銀島は呆れる。喧嘩の理由が小さな従兄妹のほっぺにちゅーが原因だと言うのだから尚更。

「なまえ、あぶないから離れときや」

「んーん、だいじょーぶ。治くんだっこ!」

大の大人、しかもタッパのある男性同士が喧嘩している様は小さな子にとってびくついてもおかしくないのだが、日頃から見慣れている双子の喧嘩になまえは怖がることなく治を呼んだ。ムスッとしたまま侑から離れてなまえを抱き上げるとなまえは治の頬に口付ける。

「あー!!サムだけずっこい!」

「ツムは昨日やったんやろ」

「侑くんにもするから銀ちゃんにもしていい?」

「「あかんって!!」」

「じゃあ角名くんは?」

「「もっとあかん!!!」」

結局なまえは銀島にも角名にも、そしてタイミングよく通りがかった尾白にもほっぺにちゅーを大盤振る舞いしてギャーギャー騒ぐ双子を見て、いたずらっ子のように微笑んでいた。

「やばいな」

「今日のこと叔父ちゃんにバレたらなまえ、バレー部出禁なるで」

「叔父さんにまた秘密できてしもたな…」

「これは墓場までもってかなあかんで…」

なまえの父親に知られたらやばいとビビる双子をよそに、もうほっぺにちゅーは飽きたのか角名の膝にちょこんと座っている。銀島だけだと思っていたら、まさか自分も頬になまえの可愛らしい襲撃をされて少なからず驚いた角名だったが顔色はあまり変わっていない。

「なまえ」

「なぁに?」

「北さんにもしてきたら?」

「信介くんには、はずかしいもん」

角名の質問になまえの桃色の頬がより赤く染まっていく。角名の思った通り、いくら双子に懐いているとはいえ友人止まりの銀島と扱いがあまり変わらない従兄妹止まりの双子に少しばかり同情を覚えたが、そういやさっきしれっとディスられたなと思い出すと双子を可哀想と思う気持ちはすぐに消えていった。


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