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 要司が慎也の残した弁当にふたをして、台所へ持っていく。
「コーヒー飲む?」
「頼む」
 要司の視線が慎也にも注がれた。慎也が頷くと、ガスレンジの上に鍋を置く音が響いた。タカが小さくせき込み、体をひねってテレビを消した。インスタントコーヒーをいれた要司が、マグカップを順番に並べる。タカがほんの一口だけコーヒーを飲んだ後、慎也の向かいから右側へ移動した。
「慎也」
 タカは床の上に正座して、慎也の名前を呼んだ後、額に床をつけた。
「ごめん!」
 慎也は意味が分からず、困惑して隣にいた要司を見た。だが、要司も今にも土下座しそうな勢いで頭を垂れている。
「え、タカさん……あの……」
「おまえの義兄さんを連れてきたのは俺だ。事務所に来たあいつを見て、要司は嫌な感じがするって言ったけど、俺がそんなことないって言って、部屋まで連れてきた。ごめん。本当にごめんな」
 額をつけた状態で、タカが言ったことに、慎也はようやく何に対する謝罪なのか分かった。だが、タカは悪くない。謝る必要なんかない。慎也は彼の肩に手をかけた。
「タカさん、やめてください。俺……タカさんが謝る必要、ないです」
 葵のことを何も話していなかったのは自分であり、もし、立場が逆であったなら、慎也だって葵を信じてしまうかもしれない。
「いつだったか、おまえ、俺に強くなるって話、しただろ?」
 要司が真剣な面持ちでこちらを見つめる。
「いつか話せる時が来たら、その時、話すって。それ、今、話せるか?」
 二人がどこまで把握しているのか分からない状態では、自分の都合のいいようには話せない。考えていると、要司は苦笑した。
「悪い。おまえの気持ち、全然考えてなかったな。俺ら、何も知らないから」
 要司の言葉にタカが頷く。
「おまえがあいつと戻った後、しばらくしても会えなくて、さすがにおかしいって思ってさ、俺んとこに同居人が来て、カッターナイフと頭痛薬見つけて……もしかして、おまえの抱えてる問題は何も解決してなかったんじゃないかって思って」
 その後、タカは要司にそのことを相談して、二人は葵の借りている部屋までたどり着いたらしい。インターフォンを鳴らしてもエントランスを開けてもらえず、その場で待っていたそうだ。
「そこにあいつが帰ってきたから、そのまま中に入れてもらったっていうわけ」
 慎也は嫌な汗をかいていた。葵はその時、何を話したんだろう。ぎゅっと手を握っていると、要司がコーヒーの入ったマグカップを差し出す。慎也は軽く頭を下げて、コーヒーを飲んだ
「あいつはおまえはいないって言ったんだ。でも、俺達、変な確信があって、な?」
 タカが要司に聞くと、要司は頷いた。
「嘘……」
「ん?」
「変な確信じゃなくて、家に行った……お父さんかお義母さんに会いましたか?」
 きっとそこで何か言われたに違いない。自分を迎えにきた葵を怪しむのは当然だった。あの家から存在を消されている慎也には行く場所なんかないからだ。
「葵は何か言いました? 俺が……」
 握り締めた拳が大きく震え出す。慎也はこめかみの痛みに顔を歪めた。錠剤が欲しい。だが、二人の前で飲みたくない。奥歯をかみ締めながら、慎也は自分の存在がその場を陰湿にしていることに気づいた。自分が抱えている問題のせいで、二人を巻き込み、迷惑をかけている。どうして、うまく存在できないんだろう。ここにいるためには、ここにいるための自分を演じたらいいだけなのに。
「葵には、殴られたり、そういう暴力をされて」
 こんな嘘はすぐにばれる、と慎也は言葉を続けながら思った。
「だから、暴力が怖くて、誰にも言えなくて」
 それだけです、と泣きながら伝えた。

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