vanish43 | ナノ





vanish43

 慎也は隣に座った要司の肩が自分へ触れるだけで、胸が苦しくなった。どうして彼を好きになってしまったのか、分からない。タカが言うように、彼は同性愛に理解は示すだろうが、彼自身がその対象になったら、きっと困惑する。
 そして、それ以前に、慎也は自分には誰かを好きになる権利がないと思った。人を好きになることに権利なんかいらないとタカや要司は言うだろう。だが、権利は確かに存在していると慎也は身をもって知っている。
 慎也は自分に権利と価値がないということを徹底的に教えられてきた。努力が足りない、期待していない、そう言われ続けても、慎也は大学受験にすべてを懸けてきた。それすら、自業自得で失敗したと言われて、自分には価値がないと思い知らされた。
 葵の言葉を思い出す。まるでおまえが存在してなかったみたいだ、彼はそう言った。
「慎也?」
 肩をつかまれて、慎也は目の前の要司を見返す。
「どうした?」
 揺れる金髪の間で、リングピアスが輝いていた。慎也はそっとそのピアスに手を伸ばす。
「要司さんは、どうして、そんな……」
 いつか聞こうとしたことを、もう一度、喉で止めた。ピアスに触れられて、要司が少し動揺している。男に耳を触られるなんて、気味が悪いんだろう。慎也はそう思った後、苦笑した。男に、じゃなくて、自分に、だ。
 視界がぼやけて、慎也は視線をそらした後、小さく笑った。
「壁、塗らなかったんですか?」
「あ、あぁ。おまえに塗装させようと思って」
「俺、時給高いですよ?」
 冗談を言って笑えば、要司も笑ってくれた。このまま何もなかったように、以前みたいに付き合っていくのがいい。彼がテレビをつけた。互いにテレビを見ている振りをして、隣を気にしている。慎也は胸が苦しくて、何度も泣きそうになった。
 タカのバイクの音が聞こえてくると、要司は小さく溜息をついた。慎也はその溜息に気づき、右手を握る。自分の存在が彼を緊張させている気がした。ここは彼の家なのに、気をつかわせている。
「弁当、買ってきたー」
 引き戸が開く音とタカの声に、要司が勢いよく立ち上がり、玄関と居間を仕切る引き戸を開けた。
「おっせぇよ。俺は腹、減ってんだから」
「何だよ、誰が運転してやったと思ってんだ? あ、慎也はあんまり腹、減ってないって言ってたから、ごはん、並にしてもらったぞ」
 テレビの前に座ったタカが袋からプラスチック容器を取り出し、並べていく。
「ありがとうございます」
 お腹はまったく減っていないが、せっかく買ってきてくれたものだから、と慎也も割り箸を手にした。
「しばらく、ここにいたらいいからな」
 豚キムチ弁当を食べながら、タカが言った。
「ここ、ですか?」
 以前のように、タカのところへ来いと言われるのかと思っていた慎也は、つい強調して聞いてしまった。その言葉に要司がかすかに表情を変えたことには気づかない。
「おう。俺んとこ、今、同居人がいるんだ。ごめんな」
 同居人、と聞いて、慎也は隠しておいた頭痛薬とカッターナイフの存在を思い出す。
「あの、タカさん、あの」
「慎也、話は食べてからにしないか?」
 要司の視線が慎也の手元に注がれる。割り箸を握ったまま、先端が鴨南蛮に突き刺さっていた。
「あ、ごめんなさい」
 一口大の鴨南蛮を食べると、まだ温かかった。白飯もまだ湯気が立っており、慎也は一口ずつ味わうように手と口を動かした。二人が食べ終わる頃、慎也の弁当は半分以上残っていたが、割り箸を置く。
「すみません。もうお腹いっぱいです」
「ムリに食べなくていい」
 タカがそう言って、ビニール袋に空のプラスチック容器だけ入れた。

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