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「よかった……」
 それが何に対しての「よかった」か、慎也には分からない。ただ、要司が何のためらいもなく、自分の体をブランケットごと抱き締めてくれたことが、やっぱり夢だと思えるほど幸せで、夢ならもう二度と目覚めたくないと思った。
 目の前の要司は力強く抱き締めてくれた後、少し伸び過ぎている慎也の髪を脇へよけた。
「どこも痛くないか?」
 頷くと、要司は着ていたパーカーを脱いで、慎也に被せてくれる。
「なぁ、こいつ、気失ったけど放置でいいよな?」
 タカが廊下から顔を出して、要司に聞いた。
「あぁ」
 タカは慎也を見て、笑顔でひらっと手を振って見せた。
「俺、先に出てる」
 要司は慎也が体を見せたくないことに気づいているのか、寝室の電気はつけずに、クローゼットを開けて、中の衣服を物色した。
「おまえの服は?」
 葵の服はどれもサイズが大きい。慎也は首を横に振った。衣服も与えられていなかったなんて、自分が葵の何だったかを知られるようなものだ。慎也はひたすらうつむいた。
「そうか。じゃ、適当に」
 要司は比較的、使用感のないものを選んで、慎也の前に差し出した。
「あいつの服なんか着たくないだろうけど、夜は寒いから、な? どうせ俺んち着くまでの間だから」
 慎也がそれを受け取ると、要司は扉の所で背を向けた。彼の気づかいに視界がにじむ。ここを出られるなら、一刻も早く着替えたい。
 裾の長いパンツを折り返してから、慎也は要司の背中を小さく叩く。
「よし。行こう」
 廊下に出ると、壁に背をあずけた状態で葵が気を失っていた。立ち止まると、要司が手を引く。
「大丈夫だから、行こう」
 玄関まで来たところで、慎也は要司が靴を履いたままであることに気づいた。それから、不意に、キッチンに置いてある錠剤を取りに行きたいと思った。
「どうした?」
 離れた手に気づき、要司が尋ねる。慎也はその問いを背中に受けながら、小走りにキッチンへ行き、錠剤のシートをパーカーのポケットへ入れた。玄関へ戻ると、彼が下駄箱を開けて、慎也が履けそうな靴を探している。
「その、サンダル……」
 家から出る時に履いてきたものだった。
「これか?」
 要司がそれを取り出して、足元へ置いてくれる。
「車で来たんだ」
 エレベーターの中で要司がようやく一息ついた、と安堵感から肩の力を抜いた。
「ごめんな」
 慎也は謝罪の意味が分からず、まっすぐに要司を見た。数ヶ月会っていなかったのに、彼は変わらない。見つめ返される自分は、それだけの価値があるんだろうか。怖くなり、慎也は視線を落とした。エレベーターがエントランスに着く。
 外に出ると、マンション前の道路にハザードランプを点滅させている車が見えた。運転席にはタカが座っている。要司達が乗ってきた車は積載容量の大きい軽自動車で、後部には仕事道具が積まれていた。
「親父さんに頼んで借りたんだ」
 要司が助手席側のドアを開けて、慎也へ乗り込むように促す。
「搭乗人数、二名だから」
 慎也が乗り込んだのを確認すると、要司はそう言ってリヤハッチドアを開けた。道具を端に寄せながら乗り込んでくる。
「出すぞ」
「おう」
 タカがハザードランプを消してウィンカーを出す。
「慎也、腹は減ってない?」
 うしろに座っている要司が、顔をのぞかせた。
「減ってない、です」
 前を見ながら言うと、要司が指先をうなじに伸ばし、髪に触れた。驚いて体を揺らすと、彼も驚いたようで、不安定な積載部分に尻もちをついた。

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