vanish40 | ナノ





vanish40

 慎也はそっと玄関扉のドアスコープをのぞいた。だが、そこには誰もいない。つまり、訪問者はエントランスからインターホンを鳴らしていることになる。
 もとから開ける気はなく、エントランスのガラスドアを開ける操作方法は知らない。慎也はずっと鳴り続けるインターホンを無視してシャワーを浴びた。
 音はもちろん浴室にも聞こえたが、ある程度すると止んだ。慎也はバスタオルで体を拭き、寝室のベッドへ横になる。眠気はないから、ただ体を横にしているだけだ。しばらくすると、葵が帰ってくる。
 ダークブラウンのクローゼットを見ながら、じっとしていた。眠っている間と葵のいない間は恐ろしいくらい早く時間が経つ。
 姿勢を変えようとベッド上で動いた時、玄関扉が開く音がした。正確には声が聞こえた。葵とタカの声だった。あまりにも驚いて、慎也は寝室の扉の前で体を硬くする。
 言い争うような声はしだいに近づいてくる。この部屋の中で慎也は衣服を与えられていなかった。扉の鍵を閉めて、ベッドの上のブランケットを被った。
 バンッと激しい音がする。
「慎也っ」
 ブランケットを被って、部屋の端に丸くなっていた慎也は、自分を呼ぶ声に顔を上げた。要司の声だ。
「慎也、いるなら開けろ」
 開けられるはずがない。慎也はブランケットの端をぎゅっと握った。
「慎也はもうおまえらの知ってる慎也じゃない。帰れよ」
 葵がそう言った後、小さく扉をノックした。
「慎也からも言ってやれ」
 葵が望む言葉を言わなくてはいけない。慎也は立ち上がって扉の前に立った。
「……帰って、ください」
「慎也!」
 慎也はすがるように扉に手を当てて、その後、まるで扉で火傷してしまうかのように勢いよく手を引いた。
「歩けるぞ!」
 要司が扉を叩いた。
「慎也、おまえは自分の力で歩けるんだ!」
 要司のその言葉を聞いた瞬間、慎也の喉がひくりと鳴った。熱くなった目から涙が落ちていく。
「っよ、よう……じ、さん」
 慎也は小さな声で彼の名前を繰り返しながら、扉の鍵へ指先を伸ばした。ここを開けて自分の足で彼のもとまで歩いていける。ためらうことはないはずだった。
「慎也、開けていいのか?」
 葵が息苦しそうな声でそう言った。慎也からは見えないが、葵はタカによって壁際に押さえつけられていた。
「黙れっ」
 タカが、ぐっと締めつけると、葵が笑い始める。
「慎也ぁ、あれ、見せよっか? おまえのお友達にも、おまえがどんなにいやらしい人間か見てもらわないとなぁ」
「黙れって言ってんだろ!」
 慎也は鍵に触れたまま、動画を見せるという葵の言葉に固まった。見せないで、と発した声は、嗚咽に混じりただの音に変わっていく。泣きながら、慎也は、「見せないで」と「見ないで」を繰り返した。あの動画の中の自分すら消すことができない。慎也は自分の中に溜まっていく負の感情に、その場へしゃがみ込んだ。錠剤が欲しい。これは夢で、本当の自分は眠っているだけだと思いたかった。
「見ねぇよ!」
 暗い霧を吹き飛ばすくらい大きな怒声が響いた。思わず慎也が扉へ視線を上げると、続いて、「扉から離れてろ!」と要司が同じ調子で叫んだ。慎也はしゃっくりを上げながらも、扉から離れる。右側へ移動した後、廊下の光とともに、扉が開く。壊れてしまった錠前部分の部品が飛び散った。
「慎也!」
 慎也は視線だけ上げた。ブランケットの裾を持つ手がずっと震えている。体を見られたら軽蔑されると思った。会いたい人が目の前にいるのに、慎也は嬉しいと思うより先に恐怖を感じていた。汚いと思われる。きらきら光る金糸の髪が揺れた。

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