falling down42 | ナノ





falling down42

「私達の言葉はイレラント語です。君の言葉はずいぶんはっきりしてきたし、学びたければ、もちろん教えます」
 部屋から出てきたレアンドロスが、テーブルにあるクッキーへ手を伸ばした。口を動かしながら、トビアスの頭をなでる。
「ビーは頭がいいから、すぐ習得できる。君は語学もだけど、化学、生物学も得意だった」
「数学もかなり上位でしたよね。文学も好きで、よく本を読んでいました」
 二人に褒められて、トビアスは首を傾げる。
「僕、そんなにできたの? 覚えてない」
 冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、グラスへ注いだレアンドロスは、それを一気に飲み干す。
「ビーが苦手だったのは、スポーツくらいだな」
 その言葉は納得できる。トビアスは雪かきを手伝うが、毎回、雪に足を取られて転んでいた。
「何で、忘れちゃったんだろ。思い出したい」
 トビアスは独白した。レアンドロスからノースフォレスト校で知り合い、友人になり、一緒に学んできたと聞かされた時にも思ったことだ。こんなに素晴らしい友人達に囲まれた寄宿舎生活は、きっと楽しいものだったに違いない。
 トビアスが今、自分で分かっている思い出は、十六歳の時から母親の家で暮らしていたことだけだ。あとは思い出そうとしても、頭が痛くなるだけで、何も思い出せない。その話をレアンドロスにすると、彼はここに住むまでの経緯を聞かせてくれた。
 十六歳の時、転倒して頭を打ってしまい、記憶をなくしたトビアスは、いったん母親の元で暮らしていた。十八歳になった時、以前から約束していた通り、レアンドロスと一緒に暮らし始めた。そんな約束をしたのか、と聞き返すと、彼は笑って、「俺達はずっと恋人同士だったんだ」と教えてくれた。
「互いにとって一番で、他の誰もその人の代わりになれず、いつもその人の幸せだけを考えてる、そういう関係だ」
 トビアスはレアンドロスのことが好きだ。その好きという感情はジョシュアに対するものと少し違う。彼とずっと一緒にいたいと思っていたから、「恋人同士」という言葉を気に入った。
「思い出す必要はない」
 きっぱりと言ったレアンドロスを見上げると、彼はトビアスを抱き締めた。
「俺が覚えてる。たとえば、初めて食堂のローストチキンサンドを食べた時のこととか」
「ローストチキンサンド?」
 レアンドロスは笑い声を漏らす。
「そう。マスタードをつけて食べるのがはやってた。君は始めて食べた時、マスタードをつけ過ぎて、目を白黒させてたよ。辛いものが苦手だって、知らなくてすすめてしまったけど、涙目の君はとても可愛かった」
「でも、必死に隠して、最後まで食べきってましたよね」
 トビアスはその記憶もなかったが、笑っているレアンドロスとジョシュアを見て、ほほ笑んだ。レアンドロスの目が見開かれる。
「ビー!」
 両肩をつかまれ、トビアスも驚く。だが、驚いたのは一瞬で、ブルーの瞳ににじんだ彼の涙を指先で拭い、トビアスはもう一度ほほ笑んだ。
「辛いもの、好きじゃないよ」
「……あぁ、知ってる。正確には、君は刺激物が苦手だ」
 レアンドロスのくちびるが額へ触れた。
「何を勉強してたんだ?」
 テーブルの上を見た彼は、書き写した単語を見る。
「だいぶ進んでるな」
 その言葉はジョシュアに向かって発せられた。
「トビアスは本当に物覚えがいいですからね……それにきっと、忘れているだけだから、一から学ぶよりも吸収が早いのだと思います。買い物へ行こうと言っていたんですが、あなたのほうはどうですか?」
「行く」
 レアンドロスが彼の部屋へ向かう。
「トビアスも、上着を取りに行きましょう」
「うん」
 クローゼットを開けたジョシュアが、マフラーとコートを選ぶ。衣服は来た時よりも増えていた。耳まで隠れるニットキャップを被せてもらい、玄関でブーツを履く。
「今日はジョシュアが運転する?」
「ええ、私の番ですね」
 ジョシュアとともに外へ出た。吹雪いてはいなかったが、太陽は隠れている。さらさらの新雪を手ですくって遊んでいると、レアンドロスが出てきた。手袋についた雪を払ってくれた彼は、トビアスの手を引いて、後部座席へ乗り込んだ。サングラスで見えない彼の瞳を見ていると、彼は笑いながらサングラスを外す。ブルーの瞳を見て、トビアスはなぜか泣きそうになった。

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