falling down41 | ナノ





falling down41

 イレラント語で響く怒りの声にトビアスは声を上げて泣いた。自分が怒られているわけではないが、レアンドロスが怒っていることが怖い。ジョシュアが隣に座り、肩を抱く。
「トビアス、心配しないでください。大丈夫ですよ」
 レアンドロスの名前を呼びながら、泣き続けるトビアスに、ジョシュアは優しく語りかけた。
「いいえ、あなたのことは許せません。トビアスと、彼の母親が要求したことは別でしょう? どうして、母親の罪を彼が背負う必要があるんですか? 彼の心を利用しないで頂きたい。それは俺が、そうです、手出ししないでください」
 電話を終えて出てきたレアンドロスにジョシュアが立ち上がる。
「どういうことですか? 何をしようとしているんです?」
 ジョシュアのあせった声に、トビアスはまた心細くなった。レアンドロスは茶封筒を投げるようにして、彼へ渡す。
「ビーの前で見るな」
 ジョシュアは玄関のほうへ行き、中身を開いた。手にしている雑誌を握り締めたジョシュアは、語気を荒げる。
「そんな、これは事実と違います」
「その手の雑誌が事実を書くわけがないだろう? そのネタを渡したのはトビアスの母親だ。お母様のところへ脅迫の手紙も送っている。どうせ、金の無心だろう。エストランデス家として、これ以上は見過ごせないと言われた」
「……復讐は」
「復讐じゃない。騒ぎも起きない。その方法を、君もよく知ってるだろう?」
「あなたが依頼するんですか?」
「あぁ」
「トビアスから母親を奪うんですか?」
「ビー」
 しゃっくりを上げていたトビアスは、レアンドロスの声に顔を上げる。椅子に座った彼が、両脇の下へ手を入れて抱え上げた。トビアスは彼のひざに座らされる。
「俺のことが好きだろう?」
「うん」
「ママより好きだろう?」
「うん」
 トビアスはレアンドロスの体へ手を回し、胸に頬を当てる。リビングの掃き出し窓から、雪が見えた。はらはらと空から落ちては、消えていく。
「レアンドロス様……トビアスがあなたを選んだからと言って、彼から母親を奪っていいということにはなりません」
 ジョシュアがまたイレラント語で話し始める。トビアスはレアンドロスに背中をなでられながら、目を閉じた。
「もう君は俺の世話役じゃない。俺の行動を、いちいち見張らなくていいだろう? それに、ジョシュア、君だって、本当は怒り狂ってる。実際にケインやサムから話を聞いたのは君だ。礼拝堂事件は嘘だった。反省してるだって?」
 レアンドロスの大きな手が頭をなでていく。
「退学されるべきは彼らだったのに、ビーが目覚めないのをいいことに、すべての責任をなすりつけておいて、いまさら……マクドネル家も彼の母親と同罪だ。だけど、俺も彼を追い詰めた一人だ。おまけに電気ショック療法なんて……お母様は知らないとはいえ、最悪のことをしてくれた。怖かっただろうに、ビーは何も言わない」
 額に口づけされるのを感じる。トビアスはレアンドロスがもう怒っていないと思い、そのまま体をあずける。
「信頼しきっていますね」
「ジョシュア、俺は作り上げた嘘でも、ビーが幸せならそれでいい。自己満足でも、それでいいと思うようになった」
 イレラント語の単語の中に含まれる、自分の名前を聞きながら、眠気と戦う。
「ビー、おやすみ」
 先ほどとは打って変わった優しい声に、トビアスは安心した。

 ジョシュアが一番上のボタンを通してくれた。それを見て、トビアスもボタンをボタン穴へ通す。一つ通すと、彼はにっこりと笑って、頭をなでた。冬期休暇に入ってから、彼はレアンドロスのように、トビアスのそばにいてくれる。買い物に行く時も三人一緒だ。
 レアンドロスは彼の部屋で何かしているようで、その間はジョシュアが勉強を教えてくれた。電気ショックや催眠療法で混乱していたトビアスは、ここへ来てから学んだことを忘れていたが、数日過ごすうちにまた以前と同じように、数字や単語を吸収していった。
「トビアス、サンタクロースには手紙を書きましたか?」
「うん、書いた。レアに渡した」
 鉛筆を持ったトビアスは、ノートに単語を書き写す。のぞき込んだジョシュアに、「上手になりましたね」と褒められて、頷く。
「いっぱい勉強したら、僕も秘密の言葉が分かるようになる?」
「秘密の言葉?」
「レアとジョシュアが話す言葉」
 ジョシュアは小さくほほ笑んだ。

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