falling down39 | ナノ





falling down39

 淡いブルーの瞳がこちらを見下ろす。
「れあ、おうちにかえる?」
 ミルトスは小さく頷き、アシュトンへ指示を出す。
「兄に連絡を」
 アシュトンが出て行った後も、トビアスはミルトスの手を握り続けた。ミルトスの空いている手が頬へ伸びた。体を強張らせると、彼はすぐに手を引く。
「あなたに会うのは、あの日以来だ。頬を殴って悪かったと思ってる」
 トビアスはミルトスの表情が歪んでいくのを見つめた。苦しいのかと思い、トビアスは握った手に力を込める。
「あなたが言った通りになった。俺は……継承権を得たのに、少しも幸せじゃない。お父様もお母様も兄を見てる。俺が欲しかったものは」
「ミルトス王子、レアンドロス様はすぐこちらへ来てくださるとのことです」
「分かった。トビアス、レアはすぐに来てくれる。服が濡れているから着替えを用意しよう」
 トビアスはミルトスの言葉に頷いた。着替えを手伝ったのは看護師だが、その間も部屋にいたミルトス達は、トビアスの体に残る古傷を見て、言葉を失っていた。久しぶりに拘束具を外され、トビアスは床の上をゆっくりと歩いた。窓際へ行き、格子の間から手を伸ばし、窓を開ける。
「ゆき」
 思い出すな、という言葉と、レアンドロスのために記憶を思い出せ、という言葉がトビアスの中で葛藤する。頭を押さえて、その場にうずくまった。
「トビアス?」
 ミルトスがそっと肩へ触れた。その手の温もりに、トビアスは目を閉じる。
「れあ」
 目を閉じたら、レアンドロスがいた。彼の背中へ腕を回す。彼は思い出す必要はない、と言っていた。優しく頭をなでられるだけで、トビアスは頭痛がおさまっていくのを感じる。家に帰るのか、と尋ねたら、彼は頷いた。いつか夢で見た光景だった。彼は力強く、トビアスの手を引く。もう少し、このまま、とトビアスは願った。

 背中にあるベッドの感触に、トビアスはくちびるを結んだ。家に帰ってきている。目を開く前に、手足を動かした。拘束具がない代わりに、隣でトビアスを抱き締めていたレアンドロスが飛び起きた。
「ビー?」
 うるんだ声に、今度こそ目を開くと、目の周りを真っ赤にしているレアンドロスがいた。
「れあ」
 トビアスは彼に抱きつく。昼間に会ったミルトスとは異なる肩幅と胸板の厚さに、トビアスは本物だと思い、胸へと頬を寄せた。この腕の中は安全だ。
「れあ、ぼくがいいこだから、むかえにきた?」
 褒めて欲しくて、そう聞くと、レアンドロスは、「ぅう」とうなる。
「れあ?」
 レアンドロスは嗚咽を上げながら、トビアスを抱き寄せ、右手で後頭部をなでた。どうして、いつも君だけが、と嗚咽混じりに聞こえる。トビアスは腕の中でしばらくじっとしていた。濡れたくちびるが、トビアスの額へキスを落とした。
「お母様が、君に、本当に、ひどいことを、した。謝っても、許されない」
 トビアスは何のことか分からず、ただ小さく呼吸を繰り返す。
「病院は怖かっただろう? ごめんな、俺が君を一人にしたから、こんなことになった」
 手入れをしていないヒゲが、額にちくちくと当たった。トビアスは手を伸ばして、ヒゲへと触れる。病院は確かに怖かった。特に電気ショックを与えられた時は、眠っている間中、悪夢を見た。複数の手が伸びてきて、トビアスをがんじがらめにする夢だ。催眠療法の時も似たようなものだった。身動きできない状態で、誰かに口をふさがれる夢だった。
 だが、それとレアンドロスの母親は関係ないし、レアンドロス自身も結びつきはない。トビアスはどうしてレアンドロスが謝るのか、よく理解できなかった。シェードランプに照らされる優しいブルーの瞳を見上げて、トビアスは口を開く。
「れあ、あのね、ままにひみつだけど」
「……あぁ」
「ぼく、れあのこと、ままよりすき。ずっと、ここにいていいよね?」
 レアンドロスが頷いた。トビアスは彼の胸へ頭をあずけるようにして、目を閉じる。彼の手が背中を擦り続けてくれた。深い安堵の中、トビアスは夢の中へ落ちていく。怖い夢は見そうにない。だが、背中を擦り続けるレアンドロスの瞳は、憎しみにかげっていた。

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