falling down38 | ナノ





falling down38

 エストランデス家の屋敷は首都の郊外にある。トビアスを乗せた車は、厳重なセキュリティーが施された門扉を通り、中へと進んだ。レアンドロスの別荘があるカティエストから首都までの一時間、トビアスはずっと眠っていた。
 目覚めた時、レアンドロスの母親だという女性が目の前に座っていた。トビアスは体のだるさから、姿勢を崩していたが、王妃を前にだらしない格好をしていることを周囲が許さない。姿勢をただそうとした黒服の男達が体へ触れた。
「い、や」
 トビアスが怯えると、レアンドロスの母親は首を横に振った。男達の手が離れていく。トビアスはぼんやりとした頭で、レアンドロス自身を探した。
「はじめまして」
 レアンドロスの母親はぎこちない笑みを浮かべた。彼女はレアンドロスがトビアスをなかなか紹介してくれなかった、という話から始める。
「私はあなた達の関係を否定しません。ただ、レアンドロスはとても優秀な子です。あなたのために家を出て、進学を諦め、今の貯金……無論、尽きることはありえませんが、それらがなくなれば、働くとまで言っているんです。あなただって、あの子の足枷にはなりたくないでしょう?」
 トビアスが頷くと、彼女はほほ笑んだ。一人で待つくらい平気だ。
「あの子のために、あなたにも記憶を取り戻して頂きたいの」
 思い出そうとすると、頭が痛くなる。トビアスは不安だったが、レアンドロスに迷惑をかけないためには、自分も記憶を思い出すほうがいいと思った。
「よかった。では、記憶を取り戻したら、別荘に戻って頂くわ。あなたもご自身が何をしてきたか思い出せば、あの子の前から消えてくれるでしょう?」
 笑みを浮かべたままの彼女の言葉が終わると、男達がトビアスを拘束した。体に力が入らず、逃げ出すことができない。トビアスは屋敷の廊下を通り、一階の奥の部屋へと入れられた。そのままベッドへ手足を拘束される。
 恐怖から涙があふれていく。口にはタオルを噛まされた。扉が開き、三人の男性がトビアスをのぞき込む。トビアスの健康状態を確認し、注射を施した。何の説明もなく、トビアスはまたまぶたが重くなるを感じ、涙を流す。今日はレアンドロスとショッピングモールで買い物をする予定だった。

 抑圧された記憶を回復させる方法として、トビアスが通院していた精神科では催眠療法を提案していた。レアンドロスの母親は、できる限り早く思い出させて欲しいと依頼していた。トビアスは汗が流れるほど暖房の効いた室内で、天井にある明かりを見つめていた。
 トビアスは精神科医療に特化した病院にいた。窓には格子がついており、扉には鍵がかかっている。それらはトビアスには必要のないものだった。トビアスの体はベッドに固定されており、手足を動かすことができないからだ。
 鍵が外れる音を聞くたび、トビアスはレアンドロスが来た、と期待を込めて、扉を見つめる。最初に入って来たのは担当の医者だった。それだけで期待は恐怖に変わり、体が震える。
「こちらです、ミルトス王子」
 イレラント語で会話をしながら、担当医とともに青年が二人、入って来た。トビアスはそばに来た青年を見つめる。
「……れあ」
 手を伸ばそうとしたが、手はベッドの端へ固定されている。トビアスはブロンドの髪とブルーの瞳の彼を見て、「れあ」と何度も繰り返す。
「トビアス、俺はレアンドロスじゃない」
 彼のうしろに控えていた青年が、「ミルトス王子です」と加えた。王子、と聞いて、トビアスは母親に言われたことを思い出す。
「おうじ、おうじの、いうこと、きく」
 トビアスの舌足らずな言葉に、ミルトスは眉を寄せた。
「どうして、縛ってるんだ?」
 ミルトスはイレラント語で扉付近にいた担当医へ話しかけた。
「暴れるからです」
「暴れる? 催眠療法で?」
「暴れることもあります。ただ、王妃からはできるだけ早く、ということで、電気ショック療法も実施しています。その際は必ず手足を拘束しなければ難しいので」
「お母様が?」
「はい。すでに一週間経過を見ています」
 トビアスはミルトスを瞳を見つめた。
「れあ、れあ、どこ?」
「……こんな怯えて、震えてるのに、一週間も続けたのか?」
「電気ショック療法は信頼度の高い方法です」
 ミルトスの手がトビアスの手を取った。
「アシュトン、足を外してやれ」
 トビアスは手が自由になった瞬間、ミルトスの手を握り締めた。

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