falling down37 | ナノ





falling down37

 体が温かい。手を動かすと、大きな手が包み込んだ。
「レア?」
 トビアスはシェードランプの光に安堵し、隣で眠っているレアンドロスを呼んだ。彼は抱き締めていた力を緩め、髪をなでてくれる。
「頭、まだ痛いか?」
「うううん、もういたくない」
 触れ合ったところが温かく、トビアスは目を閉じた。
「レア」
「ん?」
 目を閉じたまま、レアンドロスの手を握り返す。
「ひとりでおるすばんできるよ。だいがくにいって」
 レアンドロスは肘をつき、優しく髪や頬をなでていく。
「一人にしたがために、俺は一度、君を失ってる」
 イレラント語で話したレアンドロスは、まばたきを繰り返す。ブルーの瞳はにじんでいた。
「大学はいつからでも行ける。君と一緒に行きたいんだ。何も心配しないで」
 自分の存在が迷惑になっているかもしれないという思いから、トビアスは言葉をつむいだが、レアンドロスはいつもと変わらない。
「ぼく……おもいだすほうがいい?」
 母親に言われていた言葉を思い出しながら問うと、彼は驚いた表情を見せた。
「思い出す? ビー、君は記憶がないことを理解してるのか?」
 トビアスは視線をそらす。余計なことは言うなと言われていた。だが、レアンドロスはどんな時でも自分の味方だ。
「ままはばかなほうがいいっていった。おもいだしたらめんどうって、よけいなこと、はなすなって……」
 レアンドロスが髪をなでてくれる。本当は母親からも、もっと頭をなでて欲しかった。いい子だと言われたかった。悲しいわけではないのに、涙があふれてくる。
「ビー、もし、君に必要な記憶なら、きっと思い出す。だから、無理に思い出そうとしなくていい。勉強はゆっくりやろう。君は優秀だから、大丈夫」
 トビアスは間近にあるレアンドロスの瞳を見た。彼は嘘を言わない。そっと手を伸ばして指先でヒゲに触れた。ショッピングモールへ出かける時、彼は必ずサングラスと帽子を身につける。毎日一緒に過ごせば、彼が安定した状態にないことは分かる。
「ぼく、ほんとに、ここにいていいの?」
 いつか王子が来て、レアンドロスと引き離されるのではないかという不安があった。彼はほほ笑んで、「いいんだよ」と額にキスを落とす。
「今夜は一緒に寝てもいいか?」
 トビアスが頷くと、レアンドロスはシェードランプの光をしぼった。夜、誰かと眠るなんて、初めてだと思う。だが、握られた手の温もりは、以前から知っている気がした。忘れてしまった記憶の中に、大事な記憶があるなら、思い出したい。
「ん……っ」
 思い出そうとすると、頭が痛くなる。トビアスは別のことを考えた。来週、ショッピングモールへ行き、クリスマスの準備をする約束をしている。クリスマスのことを考えると、だんだん嬉しくなった。母親はトビアスの誕生日もクリスマスも無視していた。レアンドロスから紙を渡され、「サンタクロースに何が欲しいか、手紙を書こう」と言われた時は、テレビで見たクリスマスの一日が再現された。
 欲しいものと聞かれて、すぐに出てくるのは、好きなお菓子や本だった。渡された紙はまだ白紙のままだ。

 カシミアのワッチキャップを被せてもらったトビアスは、玄関に座り込み、室内用の靴を脱いだ。
「ビー、黒のブーツを出しておいてくれ」
 シューズクローゼットを開き、レアンドロスのブーツを取り出した。今朝は積雪が多く、朝から彼が雪かきをしていた。トビアスは自分のブーツを取り、それをはこうとした。前回はコーデュロイパンツの裾が引っかかり、自分ではうまくはけなかったが、今回はうまく足がおさまった。
 手袋をして扉を開ける。二重になっているため、もう一枚の扉を開けると、外が見えた。積雪で見えないが、本当は右手側に庭があり、左手側にガレージがある。屋根のあるガレージの下にはレアンドロスの車が駐車されていた。ガレージの奥には小屋があり、暖炉用に運んだ際に落ちたのか、薪がいくつか転がっている。
 トビアスは雪の積もった薪を持ち、小屋の中へ入れた。小屋の扉を閉めた瞬間、人の気配を感じて、視線を上げる。レアンドロスだと思っていた。雪に反射した光で、目をつむる。口と鼻を覆うように、手が当てられた。
 首にちくりとした感触があり、トビアスは目の前の男を見つめる。知らない男だった。しだいに重くなるまぶたを閉じる。あの夜から、レアンドロスと一緒に眠っていた。自分はまだ眠っていて、空をつかんだ手は彼の手につながっているのだと錯覚を起こした。

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