falling down36 | ナノ





falling down36

 規則正しい生活のために、朝はいつも決まった時間に起こされる。トビアスはレアンドロスが何時に起きているのか知らない。部屋もトビアスが使っている部屋から離れた場所にある。起こされる前に起きることはまれだった。時おり、夜、頭痛がひどくて眠ることができない。そういう場合、病院から処方されている薬を飲めば、痛みは消え、すぐに眠ることができたが、朝はとてもだるかった。
 今朝もそうだ。ただ、今朝はまだレアンドロスから起こされていない。時計は八時半を過ぎていた。ベッドを下り、扉を引くと、ジョシュアの声が聞こえてくる。
「催眠療法ですか?」
「ジョン先生にすすめられてる。トビアスは今、幸せだと言うが、先生は、それは俺達が作り上げた世界での幸せであって、トビアス自身の幸せではないと」
「……それは先生の仰ることも一理ありますね。私だって、トビアスには学んで欲しいと思います。彼の成績であれば、難なくフェレドへ入学できるでしょうし……」
「学力を取り戻すには抑圧された記憶を引き出す必要があると言われた。俺は、その過程でトビアスがまた傷つくのなら、何年かかっても、今の状態から学んでいくほうがいいと思ってる」
「今の学力だとプレップにも上がれません。十年以上かかることを予想して、ですか?」
「あぁ」
「その間、あなたは学ばないということですか?」
「フェレドで学ぶのは無理だ。ビーを、一人にしておけない」
 トビアスはイレラント語で話す二人の会話を聞き、自分のことを話しているのだと思った。部屋から出て、リビングへ行くと、すぐにレアンドロスが笑みを浮かべる。
「おはよう、ビー」
 腕を広げたレアンドロスに抱き締めてもらい、「おはよう」と返す。
「おはようございます。チョコ、持って来ましたよ」
 キッチンにあるテーブルの上から、ジョシュアがクマの形をしたチョコレートを取った。
「ありがとう、ジョシュア」
 チョコレートの箱を受け取り、トビアスは中のクマを見つめた。
「ビー、顔と歯を洗おう。おいで」
 歯ブラシを持ったレアンドロスが、「口を開けて」と言った。トビアスはその歯ブラシを手にする。
「ビー?」
 トビアスは彼がいつもしてくれるように、自分の手で歯磨きをした。話の内容はほとんど分からなかった。だが、ジョシュアが大学へ行っているのに、どうしてレアンドロスはどこにも行かないのか分かった。自分がここにいるからだ。一人にできない、と言った彼の言葉に、トビアスは喜びと悲しみを味わっていた。
「すごいな、もう一人でできるようになったのか」
 頭をなでたレアンドロスを見上げたトビアスは、胸にある感情をうまく伝えられず、彼の体へ腕を回して抱きつく。これまで自ら抱き締めたことはなかったため、彼の体が強張った。だが、すぐに抱き締め返してくれる。
「どうした?」
 頭が痛い。トビアスはレアンドロスを見上げた。
「クマさんの、チョコ、たべてもいい?」
 レアンドロスとずっとここにいたいと思う。その気持ちと同じ強さで、彼を縛りつけてはいけないと言う自分がいた。

 朝食を取らなかったトビアスはリビングのラグに座り、チョコを頬張る。中庭に三センチほど積もった雪を見ていたレアンドロスが、窓を開けて出て行った。
「もう。閉めて行ってください。寒いじゃないですか、ね?」
 掃き出しを閉めようとしたジョシュアはそう言って、こちらを向いた。
「あ」
 トビアスが声を出したのと、ジョシュアの顔に雪玉が当たったのは同時だった。眼鏡と顔の間に崩れた雪が流れていく。
「レアンドロス様!」
 掃き出し窓の向こうは屋根のあるウッドデッキになっており、ジョシュアも窓を閉めずに飛び出した。ジョシュアは新雪を右手に取り、握り締めた後、レアンドロスに向かって投げつける。二人の笑い声を聞き、雪合戦を始める光景を見て、トビアスはこめかみに手を当てた。
 また頭が痛くなる。自然とあふれた涙をそのままにして、雪玉を食らって笑っているレアンドロスを見た。
 嫌だ、という自分の声を聞いた。トビアスは両手でこめかみを押さえる。ラグの上に倒れ込む瞬間、「ビー!」と叫ぶレアンドロスの声が聞こえた。

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