falling down35 | ナノ





falling down35

 バスタブの中に入り、トビアスは濡れている顔を手で拭いた。バスタブからシャワーボックスまでは大判のバスタオル一枚分程度で、今、シャワーボックスのカーテンは引かれていた。トビアスの髪と体を洗ってくれたレアンドロスが入っている。リンゴとテントウムシが並んでいるカーテンを見ていると、大きな手がカーテンを引いた。
 レアンドロスの髪は濡れると、より明るい色になる。二センチほどに伸びたヒゲの先から、水滴が落ちていた。彼は右足をバスマットにつき、左足をバスタブへ入れる。
「寒くないか?」
 バスタブのお湯は腹の少し上までしかない。むき出しになっている肩へ、レアンドロスが手ですくったお湯をかけてくれた。バスルームはサウナの中のように温かく、トビアスは首を横に振る。
「レア」
 トビアスはこの間の質問を思い出し、背中をバスタブへあずけて寛いでいる様子のレアンドロスを呼んだ。
「ぼく、レアのことすき」
 レアンドロスは笑っていたが、あの時、ジョシュアも好きかという問いかけに、本当は頷いてはいけなかったのではないかと思った。上体を起こしたレアンドロスは、トビアスに、「おいで」と手を差し出す。腕の中に抱かれると、ローズの香りが漂った。
「俺だけを好きでいろなんて、そんな傲慢なこと、言わない」
 レアンドロスが左肩にあごを置いて、耳元で話す。ヒゲがちくちくするが、トビアスはこの感触が好きだった。
「ジョシュアもすきでいい?」
「いいよ」
「レアもジョシュア、すき?」
「あぁ。ただ、好きの種類が違うけどな」
 種類と聞いて、トビアスはショッピングモールのショーウィンドウを連想した。レアンドロスの肩に手をつき、彼を見つめる。
「ぼくはどんないろ?」
「色? そうだな、俺にとっては特別だから、虹色かな」
 トビアスは彼の返答を聞いて、「でも」と小声で言った。
「にじいろはないよ」
 レアンドロスはうかがうように、こちらをのぞき込む。
「ビー、虹色はあるだろう?」
「ないよ、ツェントルムにない」
 ショッピングモールの名前を出すと、レアンドロスは納得したらしく、「アイスクリームだったら、バニラだ」と笑った。彼は笑いながら、バスタブから出る。体を拭いている間も、ベッドで薬を塗ってもらう間も、彼はずっと上機嫌だった。
「アイスクリームの種類でたとえるなんて、君らしくていいな。俺は何?」
「チョコミント」
 レアンドロスの笑みにこたえようと、トビアスもほほ笑んだ。結んだくちびるに、彼の左手が触れる。
「チョコミントか……君のお気に入りだ」
 トビアスは頷いて、ベッドの上で四つ這いになる。うしろを振り返らなくても、レアンドロスが指先に医療用の手袋をはめ、アナル専用の薬を塗布する準備をしていることは分かる。以前は世話係の女性が、出血した時だけ塗ってくれた。病院から処方された時、一日一回の塗るように言われ、その夜、トビアスが以前どうしていたか話すと、レアンドロスが引き受けてくれた。
 塗布が終わると、レアンドロスはバスローブの紐を結んでくれる。ひざをついている彼の髪に触れると、彼もくちびるを結んでいた。
「ビー、……幸せか?」
 トビアスは頷いた。レアンドロスが体を抱える。
「幸せならいい」
 トビアスはレアンドロスの声音に不安を覚えた。彼の肩をつかむ。
「ぼく、ここにいたい」
 母親には会いたいと思うが、以前の場所には戻りたくなかった。
「大丈夫、ずっとここにいていい」
 ラグの上に座らせてくれたレアンドロスは、冷蔵庫からイチゴのイラストが描かれたプラスチック容器を取り出す。グラスへ注ぎ、ストローと一緒に渡された。イチゴジャムと違い、ジュースは甘いだけだ。トビアスは地図を広げて、それを見ながらジュースを飲み干した。

34 36

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -