falling down34 | ナノ





falling down34

 小さな声で、「おこられる?」と聞いたら、ジョシュアは、「いいえ、怒られません」と返事をした。
「今週末はそちらへ寄ります。何か欲しいものはありますか?」
「ない」
 トビアスの回答を予測していたようで、ジョシュアは、「チョコレートはどうですか?」と尋ねる。
「うん……あ」
 先週、レアンドロスと買い物へ行った際、お菓子売り場で見つけたチョコレートを買ってもらった。クマの形をしたチョコレートを欲しいと言ったわけではないが、視線で分かるらしく、彼はすぐにカゴへ入れてくれた。そのチョコレートがいい、と思った。
「どうしました?」
「うううん」
 トビアスは戻ってきたレアンドロスが差し出した手に、受話器を乗せた。彼は左手で、髪をなでてくる。
「メーカーは分からない。たぶん、クマの形をしたチョコレートだ。ビター、ミルク、ホワイトの三種類が二個ずつ入ってる。あぁ、よろしく」
 電話を切ったレアンドロスが、「クマさんのだろう?」と言った。
「うん」
「気に入ったのか?」
「うん」
 レアンドロスはスープを温め直して、新しい器に入れた。
「念には念を入れて、明日、掃除機をかけるから、ビーはキッチンを通る時、俺につかまること」
 リビングからキッチンまで抱かれたまま移動し、椅子へ下ろされる。目に見える範囲で破片は落ちていない。室内用の靴も履いている。そこまで徹底する必要はないものの、トビアスは今まで頻繁に抱かれたことがなく、その回数が増えて嬉しかった。
 デザートにリンゴを食べた後、リビングで一時間ほどテレビを見た。受話器を持ったレアンドロスが、こちらへ視線をやり、そのままキッチンのほうでどこかへ電話をかけ始める。
「こんばんは、お母様」
 レアンドロスとジョシュアは時々、イレラント語だけで会話する。トビアスも簡単な単語だけなら、何となく分かった。
「トビアスの滞在許可の件、ありがとうございました。はい……はい、ですが……いえ、俺はエストランデス家を出ました。ご心配をかけていることは理解していますが、口座への送金はやめてください。お父様に一切の援助を受けないと、口火を切って出て行ったのは俺のほうです。お母様、ですが……いいえ、心から祝福されていないのに、嫌です、できません。俺達のことは放っておいてください」
 受話器を置いたレアンドロスは、トビアスの隣に寝転んだ。
「ビー」
 トビアスはテレビからレアンドロスへと視線を向ける。
「ままとしゃべったの?」
「あぁ、俺の母親と」
 レアンドロスは仰向けになり、目を閉じた。目尻から涙があふれる。トビアスはその涙に触れた。
「いたい?」
「……ビー、俺のために、笑ってみて」
 トビアスは笑顔を作る。いつもレアンドロスやジョシュアが笑うように、笑ったつもりだった。大きな手が体を抱き寄せる。トビアスは彼の上に重なるようにして抱き締められた。
「レア?」
 レアンドロスは嗚咽を漏らした。子どものように体を震わせて、大粒の涙と鼻水で濡れた顔を何度も手で拭う。トビアスはどう言葉をかけていいのか、分からなかった。自分の笑顔のせいで泣いたのだろうか。先ほど落としたスープのせいだろうか。
「レア、どうしたの? ぼくのせい? ぼくがわるいこだから、ないてる?」
 トビアスの目にも涙があふれる。いつも優しくて穏やかなレアンドロスが、こんなふうに泣くのは、やはり自分のせいだとしか思えない。
「ちがっ」
 がばっと起き上がったレアンドロスは、あぐらをかいた。その上に乗ったまま、トビアスも一緒に泣き続ける。
「違う、ビー、泣くな。違うから」
 泣きながら、笑い始めたレアンドロスが、背中をなでてくれる。
「ごめん、感情、抑えられなかっただけだ。あー、こんなふうに泣いたの、久しぶり過ぎる」
 今度は笑う彼を見て、トビアスも泣くのをやめた。涙で濡れた頬へ触れた彼は、その指先をくちびるへ移動させる。
「力もないのに、気負い過ぎた。先に言うべき言葉も忘れてたなぁ」
 レアンドロスはトビアスのくちびるを指先でなぞった後、ほほ笑んだ。
「トビアス、君のことが好きだ」
 まっすぐな言葉を受けて、トビアスは悲しくもないのに新しい涙を流した。涙が流れる理由は分からないが、「ぼくも」と言葉を返す。
「……ジョシュアもだろう?」
「うん」
 レアンドロスは嗚咽を漏らしたことが嘘のように、声を立てて笑った。

33 35

main
top


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -