falling down32 | ナノ





falling down32

 レアンドロスが左手でタマゴを押さえて、右手に持ったフォークで黄身を取り出す。
「ビー」
 トビアスは口を開けた。白身だけを食べるトビアスに、ジョシュアが笑う。
「もう一つ、食べるか?」
 パンを持ったレアンドロスが尋ねた。トビアスは首を横に振る。
「アイスクリームはどうしますか?」
 すでに満腹だったトビアスは、それにも首を横に振ってこたえた。レアンドロスがキッチンから濡れタオルを持ってきて、手や口の周りを拭いてくれる。
「トビアスは家にいたようですね」
 イレラント語の中に自分の名前を見つけて、ジョシュアを見ると、彼はプチトマトのへたを取り、口元へ差し出した。満腹だったが、丸くて赤い形がおいしそうに見えて、口を開けた。彼は小さくほほ笑んで、プチトマトを中へ入れてくれる。口の中の丸いトマトを噛むと、イチゴとは異なる甘酸っぱい味が広がった。
「やっぱり嘘をついてたってことか?」
「トビアスが自らの意思で母親の元へ帰りたいと言わない限りは、彼女が親権を行使して彼を取り戻すことはできません」
「記憶を取り戻して欲しいと思っていた。俺との思い出も忘れたい記憶にされたってことは、俺の存在も否定されてるみたいで、嫌だったんだ。だけど、実際に会ったら、そんなことはどうでもよくなった。ドクターも思い出さないほうが、本人にとって幸せな場合もあると言ってる」
 トビアスはラグの上の射光を見つけた。椅子から下りて、リビングのほうへ歩く。光を両手で押さえて、振り向くと、レアンドロスもジョシュアも笑った。
「ジョシュア」
「はい」
「時間がかかってもいいから、二つだけ、調べてくれないか? まず、エリック・マクドネルのことだ。エリックは最後までトビアスとベッドに入ったことはないと主張していた。だが、母親はその反対のことを主張していた。どちらが本当のことだったのか、知りたい。それから、礼拝堂事件のことだ。あの当時、トビアスが寄宿舎や礼拝堂で乱交していたと証言した生徒達、全員を確認したい」
 トビアスは耳に入るイレラント語を聞きながら、温かい光の中で目を閉じた。昨日ここへ来たばかりだが、以前いた部屋よりもここが好きだ。
「そのことをお知りになって、どうなさるんですか? 騒ぎは」
「起こさない。ただ、俺が知っておきたいだけだ。トビアスが忘れたいほど苦しんだ記憶を、彼の代わりに引き受けたいだけなんだ」
 体が宙に浮いた。目を開くと、レアンドロスが抱き締めていた。彼はそのままソファへ座り、背中をなでてくれる。
「もし、今までの事実が覆されたとしても、すべて胸に留めて頂けるということですね?」
「……報復なんて馬鹿げたことはしない。それにもう、それだけの力は持っていない」
 トビアスは左手を握り、口元へ寄せたレアンドロスを見つめる。彼は左手の甲へキスをした。
「同性婚法案をすすめたのはお父様だ。理解があると思っていたのに、残念だったよ。ミルトスも辛い立場にしてしまったが、元気にしてるか?」
「はい。ミルトス王子はぎりぎりまでこちらにいらっしゃいましたが、先日ノースフォレスト校へ戻られました。アシュトンがついていますので、不自由はないかと思います」
「ジョシュア、継承権を捨てて、エストランデス家を出た時点で、君にはもう俺に仕える理由がない。それでも、こんなふうによくしてくれて、とても感謝してる。ありがとう」
「……私は王子という身分の方に仕えているのではありません。あなた自身に仕えているのです。それに、私達は幼馴染です。友人が困っていたら、助けるのは当たり前だと思います。特にあなたのような、路面電車の乗り方も知らない、ガソリンの入れ方も分からない、世間知らずな友人は放っておけません」
 ジョシュアが笑いながら言って、テーブルの上を片づけ始める。トビアスはレアンドロスの腕の中で、彼の胸に耳を当て、心臓の音を聞いていた。規則正しいその音を聞いていると、まぶたが重くなる。
「免許を取ったのに、ガソリンの入れ方が分からないなんて、本当にあなたくらいだと思います。あ、先にブレイトン病院へ連絡を入れましょう。今日は暖かいほうですが、トビアスに何か羽織らせてください」
 レアンドロスが自分を抱えたまま動く。外へ出た気配があったものの、目を開くのことが面倒で、トビアスはずっとレアンドロスの服をつかんだまま、目を閉じていた。

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