falling down30 | ナノ





falling down30

 言い争うような声が聞こえてきた。トビアスはベッドから起き上がる。カーテンの隙間から漏れた光が床に反射している。トビアスはそこを両手で押さえた。
「ウェルチケアセンターですよ? 国際的に有名なケアセンターで、虐待なんて」
「君は見てないだろう。トビアスの体にあった傷痕は、医者に見せるまでもなく、この数週間以内のものもあった。ケアセンター内での虐待じゃないと言うなら、母親だ」
 トビアスは射光を両手で押さえ、そこに小さく丸まった。
「……騒ぎを起こしたいのですか? トビアスの権利を守りたいというあなたのお気持ちは分かります。ただ、今の状態で、彼が詳細を話すとは思えません。それに、ケアセンターであろうと、母親であろうと、今、事を起こせば、ここもすぐに見つかります。彼をパパラッチにさらすのは、あなたも望まないことでしょう?」
 トビアスには自分の名前が呼ばれていることしか分からない。呼ばれているから、出て行ったほうがいいのか、彼らが入ってくるまで待つほうがいいのか、両手で光を押さえたまま、トビアスはしばらく聞き耳を立てた。
「結局、俺は無能なんだな……第一王子だった時と変わってない。十八になれば、使える金をあてにして、馬鹿だった。最高の治療を受けてるなんて、あの母親の言葉を真に受けて、どうかしてた」
「レアンドロス王子」
「今はもう王子じゃないだろ」
 自分の名前が出てこなくなり、トビアスは目を閉じる。しばらくすると、ノックの音がした。
「トビアス、入りますね」
 ジョシュアはベッドの向こう、窓際に寝転んでいるトビアスを見て、駆け寄ってきた。
「トビアス?」
 少し慌てた声だったが、トビアスが目を開けて、彼を見上げると、彼は安堵の溜息をついた。
「起きていたんですか? お医者様がいらしたので、カーテンを開けます」
 まぶしい光が部屋の中を照らす。以前、部屋に来ていた医者とは違う男だった。
「女の子だったのか?」
 イレラント語で話す医者に、トビアスは首を傾げる。
「男の子です。私達と同い年の。昨夜、送信した内容通りです」
「八歳までの記憶しかない?」
「彼の母親はそう言ってます」
 トビアスは目の前にしゃがんだ医者を見つめ返す。
「せんせい、だいじょうぶっていってた」
 医者はトビアスの言葉にほほ笑んで頷く。
「トビアス、以前にも診てもらったのかな?」
 トビアスが頷くと、医者は鞄の中からアメを取り出す。
「そう。何度も悪いけど、先生、もう一度、確認したいんだ。君がアメを食べている間に終わるから、ベッドに座ってくれる?」
 トビアスがジョシュアへ視線を移すと、彼もほほ笑んだ。医者から渡されたアメを口へ入れたいが、トビアスは包装をうまく開けなかった。レアンドロスが入ってきて、赤いアメを口元へ差し出す。それを口に含むと、今度はバスローブの紐を解いてくれた。
「……レアンドロス王子」
「王子じゃないって言ってるでしょう?」
 医者は全裸になったトビアスを一瞥し、レアンドロスを見た。ジョシュアは手で口を押さえ、絶句している。
「あなたの話通りだな。肩の打撲痕、背中の裂傷、手首や太股の擦過傷、このあたりは数週間から数日以内にできてる。古い傷痕もあるな……五年以上は経ってる」
「五年以上? ノースフォレスト校では、確かに行き過ぎた懲罰があったと思います。でも、五年以上っていったら、プレップスクールの時からってことですか?」
 声を荒げたジョシュアに驚いて、トビアスは陽だまりから視線を上げた。
「精神医学は門外漢だが、八歳頃までの記憶しかないってことは、もうこれ以上は耐えられないってことがあって、自分の安全が守れるところまで遡ったんじゃないのか?」
「そんな、じゃあ、トビアスは九歳の時から?」
「いや、仮にって話だ。それから、今、非常に言いにくいんだが、性病検査と肛門科でも診せたほうがいい」
 医者の男は包装から取り出した黄色のアメを、トビアスの前に差し出す。トビアスは口を開けて、二つ目のアメを食べた。ジョシュアが眼鏡を外して、まぶたを擦り始める。レアンドロスはバスローブを羽織らせてくれた。もう終わったのかと思い、トビアスは窓際へ移動する。一面が光であふれており、ひときわ明るい場所を両手で押さえた。
「酷だと分かってる。ただ、これまでの経験上、あれだけの傷を受けて、性的虐待がなかったというのは考えにくい」
 大きな物音がして、トビアスは振り返った。レアンドロスが祈りを捧げるようにひざをつき、拳を床へ叩きつけた音だった。怒っているのだと感じ、自然と涙があふれ出す。
「やめてください。トビアスが怯えています」
 ジョシュアがすぐに抱き締めてくれた。トビアスは声を漏らさないように、泣き続ける。

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