falling down29 | ナノ





falling down29

 レアンドロスが腕をつかむ。両手首には何度も縛られ、手枷をはめられた痕が残っている。特に傷痕の少ない腕の中では、手首の赤黒い痕は目立った。
「これは? ビー、この手、どうして……」
 トビアスはどうこたえていいのか分からず、首を傾げる。
「これはどうしたんだ?」
 レアンドロスがつかんだ手に力を込めたため、トビアスは怒られると思い、ぎゅっと目を閉じた。
「ご、ごめんなさい」
 大きな声で泣くと、殴られることもあった。トビアスはくちびるを噛み締めて、涙を流す。
「トビアス」
 泣き始めたトビアスを見て、レアンドロスは慌てて手を離す。
「ごめん、痛かったか? ごめんな」
 レアンドロスはそっと腕や背中をなでた。小刻みに震えている体を見て、寒さだと勘違いし、「もう一回、温まろう」とTシャツに手をかける。トビアスは腕を上げた。白いシャツの染みに気づき、彼はトビアスの肩へ触れ、背中を確認する。背中を見るまでもなく、トビアスの脇腹や胸部には、腕とは比べ物にならない傷痕が残っていた。
 トビアスは急に押し黙ったレアンドロスの雰囲気が変わったことに気づき、おそるおそる彼を見上げる。無表情でこちらを見下ろすブルーの瞳に、トビアスは体を強張らせた。彼の手がベルトへかかる。ブラウンのスキニーパンツとともに下着も脱がされた。トビアスはしゃがんで、靴下と一緒に足にかかっているパンツを脱ぎ、「もういっかい」とつぶやき、バスタブを見た。
 レアンドロスがもう一回と言ったのだから、もう一度、バスタブへ入ろうと思った。バスタブの縁に手をつき、右足から入れる。足にも傷痕があったが、足の傷はしみなかった。
「ビー!」
 レアンドロスが我に返ったように、声を出す。
「待って。血が出てる。もう入らなくていい」
 トビアスはお湯を血で汚したからだと思い、急いで足を出した。きょろきょろと周囲を見回す。お仕置きされると思った。地下室に連れて行かれる。結んだくちびるから、小さく嗚咽が漏れた。大粒の涙を流しながら、恐怖と戦っていると、レアンドロスが大判のバスタオルで体を包んでくれた。
「痛いところはないか?」
 泣きながら、レアンドロスを見る。彼は笑って、頭をなでた。
「寒くない?」
 優しく尋ねられて、トビアスは頷く。レアンドロスもジョシュアのように穏やかで、とても優しい。
「おいで」
 手を引かれて、先ほどの寝室へ戻った。濡れてしまった毛先を拭いてくれたレアンドロスが、クローゼットを開く。バスローブを手にした後、彼は笑みを浮かべ、サマーショールを掲げる。
「……きれい」
 ブルーとグリーンが混じったショールを、レアンドロスがバスローブの上から巻いた。ショールの端を持って、トビアスは色が溶け合う部分をじっと見つめた。彼が頬に触れたため、視線を上げる。彼は静かに涙を流していた。
「すごく似合ってる」
 レアンドロスはその後、「ごめん」と言った。抱き締めることに対して、そう言ったのだと思ったら、彼は何度も、「ごめん」と言い続けた。どうして彼が謝るのか分からない。
「いたくないよ?」
「……あぁ」
 トビアスは彼の腕の中で、大人しくしていた。他の男達と違うことは分かる。この人は自分に痛いことをしない。
「病院ではもう寝てる時間か?」
 照れ隠しをするように涙を拭い、レアンドロスがベッドの上にあった毛布をめくる。
「セントリディア病院はすぐに退院したって聞いた。君の母親と連絡を取ったら、ウェルチケアセンターで療養中だって教えてくれたよ。でも、ケアセンターのほうは、家族以外面会禁止だった」
 中に入って、と言われて、トビアスはベッドへ横になる。レアンドロスがやわらかな毛布をかけてくれた。シェードランプの光はリビングのオレンジ色の光と同じように温かい感じがする。ひざをついて、少し顔を寄せた彼は、左手を握り、額から耳のうしろにかけて、何度も髪をなでてくれる。
「明日、医者を呼ぶ。今日は移動ばっかりで疲れただろう?」
 夜型になってしまい、あまり眠くなかった。だが、レアンドロスの言動から、自分は眠るべきなのだと思い、目を閉じる。ずっと愛撫されるのは初めてだった。大きな手と、何度も往復する指先に、思わず、「ぼくがねるまで」と口走った。自らの希望は言ってはいけない。はっとして目を開くと、彼は、「もちろん」と返事をした。
 母親は王子がトビアスを買った、と言っていた。トビアスはこれからここにいられるのかな、と考える。そうだったらいいのに、と思った。

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