falling down28 | ナノ





falling down28

 トビアスは悲しい気持ちになった。冬の間、雪が積もって、空が見られなくなる天窓を見上げた時や、部屋に入ってきた男から地下室に行け、と言われた時の気分だ。左手をレアンドロスの右手に重ねた。彼は泣きながら、手を握り締めてくる。彼の手はとても熱い。両手でトビアスの左手を握り、彼はしばらく泣いていた。
「……いたい?」
 レアンドロスは首を横に振り、涙を拭う。
「君が生きててよかった」
 深呼吸をするように、大きく胸を上下させたレアンドロスは、手を離して立ち上がる。
「おいで。お湯につかるといい。この辺りは有名な温泉地なんだ。疲れた体を癒してくれる」
 レアンドロスが手招きするほうへついて行くと、清潔なシーツで整えられたベッドがある部屋へ案内された。彼はバスルームへ続く扉を開け、「お湯、準備できてるから」とほほ笑んだ。
「着替えはリュックサックかな?」
 トビアスは自分の荷物に何が入っているのか知らない。こたえようもなく、ただレアンドロスを見返していると、「用意しておくから、入っておいで」と言われた。
 バスルームはクリーム色で統一されていた。鏡に映る自分を見て、足元へ視線を落とした。何をすればいいのか分からない。シャワーは世話係の女性が手伝っていた。あの部屋では服を着る必要がなく、今、着ている服をどうやって脱げばいいのか、分からなかった。
 生活していた環境が大きく変わり過ぎて、トビアスは不安感に襲われた。たくさん頭をなでてもらえて、何もしなくていいと言われたが、今、しなくてはいけないことが分からない。レアンドロスは入っておいで、と言っていた。もし入っていなかったら、命令したことができない悪い子だと、彼からジョシュアに伝わってしまう。
 トビアスは泣きながら、バスタブへ入った。温度は少し高めだが、耐えられないことはない。昨夜は相手をしていないものの、二日前に犯されたアナルが痛んだ。先週、地下室で鞭打ちされた時に出血していた背中も、ひりひりとした刺激を覚える。トビアスは拳を握り締めて、声を出さずに泣いた。
「トビアス?」
 浴室ドアを引いたレアンドロスが、こちらを見るなり駆け込んでくる。
「服、脱がなかったのか?」
 非難するような口調ではない。トビアスはそれでも、怖くて、「ごめんなさい」と繰り返した。
「おうじ、に、いわないで、おこら、ないで、っごめんなさ」
 トビアスは必死に謝罪した。肩まで濡れてしまった服の上に、レアンドロスが手をかける。視線を上げると、彼は笑った。
「王子って誰のことだ? 誰も、こんなことで怒らないよ。とりあえず、バスタブから出ようか」
 手を取られ、立ち上がる。レアンドロスはトビアスの右手に握られたものを見て、声を立てて笑った。
「ビー、君、ずっとこれを?」
 トビアスは個包装されている焼き菓子を右手に握り締めていた。
「あとでゆっくり食べたらいい。手を開いて」
 レアンドロスは焼き菓子を取り、窓際に並んだボトルのそばへ置いた。
「服、脱いで」
 バスタブからタイルの床へ足をつけたトビアスは、お湯を滴らせながら、レアンドロスを見上げる。
「どうした?」
 トビアスはシャツのボタンを外そうとした。
「できない」
 服は濡れているからか、余計に外し辛くなっている。レアンドロスが、指先に触れた。
「君さえよければ、手伝う」
 トビアスはレアンドロスの言葉に頷き、いつも世話係が指示したように、両手を上げた。
「……それで、王子って誰のことなんだ? どうして王子に言わないでって言ったのか、教えてくれないか?」
 長い指先が器用にボタンを外していく。トビアスはその指先を目で追った。
「腕は下げて」
 シャツの下には白い無地のTシャツを着ていた。腕があらわになる。レアンドロスの手が止まった。
「ジョシュア」
 トビアスはレアンドロスの問いかけにこたえる。だが、彼の神経はトビアスのこたえではなく、トビアスの腕に集中していた。

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