falling down27 | ナノ





falling down27

 イレラント国までは飛行機を使えば、一時間半ほどで到着する。空港から首都までは車でさらに二時間かかるが、ジョシュアは首都ではなく、郊外へ車を走らせていた。トビアスは搭乗前から眠ってしまい、眠っている間にイレラント国へと入国した。着きましたよ、と言われた時、トビアスはどこに着いたのか分からず、まだ夢うつつの状態で、まぶたを擦る。
 ジョシュアは助手席へ回り込み、ドアを開けてくれた。
「まだ眠いですか?」
 トビアスがうつむいていると、そっと彼が抱き上げてくれる。すでに陽は暮れており、周囲は真っ暗だった。森林地帯のような場所だ。明かりのついている家だけが浮かび上がっている。横抱きにされたまま、ジョシュアが家へと近づく。トビアスは落ちるのが怖くて、彼の首へ抱きついた。
「トビアス!」
 低い声が名前を呼んだ。トビアスはそっと顔を向ける。家の玄関から出てきた青年が、こちらへ駆けてきた。
「どこか悪いのか?」
 あせった様子の青年はトビアスの体をジョシュアから引き取ろうとする。知らない男性へ引き渡されることが怖くて、トビアスはジョシュアの体を抱き締めた。
「や、いや、こわい」
 ジョシュアは、「大丈夫ですよ」と声をかけてくれる。
「あなたがレアと呼んだ、彼のことも忘れてしまいましたか?」
 トビアスが泣きながら、青年のほうを向くと、青年は苦笑した。
「覚えてなくてもいい。何度でも自己紹介するから。俺はレアンドロス・エストランデスだ」
 レアンドロスはそう言って、手を差し出した。トビアスがその手を見つめると、彼は笑みを浮かべる。
「おいで、ビー」
 トビアスはレアンドロスを見つめた。月明かりだけでも、彼の瞳はよく見えた。淡いブルーの瞳がきらきらと輝く。
「そらみたい」
 小さな声で言った。静寂の中でトビアスの幼い声は不思議なほど響く。レアンドロスはトビアスをジョシュアから受け取り、胸に抱いた。むせぶ前の浅い息の音とともに、レアンドロスがぱたぱたと涙を落とす。その涙の粒は、トビアスの胸の上へしみ込んだ。

 家の中はやわらかなオレンジ色の照明だった。イレラント国の北に位置する別荘地は地熱発電が盛んであり、近隣には人工的に造られた温泉が多数存在していた。
「ジョシュア、ありがとう」
「いえ、明日、いつもの時間に参ります」
「あぁ」
 トビアスが持っていたリュックサックを家の中へ運んだジョシュアは、ソファに座っているトビアスの前にしゃがんだ。
「トビアス、ここはとても安全な場所です。明日、アイスクリームを買ってきますね」
 ジョシュアはトビアスの髪をなでた。息が止まりそうになる。悪いことをした覚えはないが、いいことをした覚えもない。何もしていないのに、褒められるのは変な感じがした。
「あ」
 ジョシュアが帰ろうとする。トビアスの声にジョシュアとレアンドロスが振り返った。
「あ、ぼく、なに、したら……」
 ごはんを食べるのもただじゃないのよ、とクロワッサンを持ってきた母親が言っていた。王子の言うことを聞かなければならない。トビアスはジョシュアを見つめた。
「何も」
 ブロンドの髪をかき上げたレアンドロスが、トビアスの前に戻ってきた。彼はヒゲをそのままにしており、ジョシュアよりもずいぶん歳上に見える。両ひざをついた彼も、トビアスの頬や髪をなでてくれた。
「何もしなくていい。ゆっくり休む。それだけだ」
 ジョシュアのほうを見た。彼は笑って頷く。トビアスは少しだけ肩の力を抜き、ソファの上で体を横たえた。レアンドロスは彼を見送りに玄関のほうへ消える。横になった状態で、壁にかかった時計や大きなテレビへ視線を動かした。ソファからほんの少し離れたところにガラステーブルがある。その上に個包装された焼き菓子が並んでいた。
 トビアスはソファから起き上がり、ラグの上を這うようにして、テーブルのほうへ手を伸ばす。食べる気はなかった。ただ包装がきれいだったから、手にした。
「ビー」
 レアンドロスが隣に腰を下ろす。きれいな人だと思った。澄んだブルーの瞳だけが、物憂げに光っている。
「抱き締めてもいいか?」
 そんなふうに聞いてくる男はいなかった。トビアスは視線をめぐらせる。王子の言うことを聞かなくては、とジョシュアを探した。返事をためらっていると、彼が口を開く。
「せめて」
 彼の声はかすれた。
「手を握っても?」
 青空から雨が降るように、レアンドロスの瞳から、また涙が落ちた。彼のくちびるが震えながら、「ビー」と呼んだ。

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