falling down25 | ナノ





falling down25

 トビアスは天窓から射す光を手で押さえた。そのままじっとしていると、手が温かくなる。光を押さえながら、小さく丸まり、目を閉じる。前髪は頬に触れ、襟からうしろにかけて、肩につくほど伸びた髪がじゅうたんの上に広がる。ずっと昔、誰かと手をつないだ記憶があった。あの時に戻りたい。だが、その手が誰の手だったか、思い出そうとすると、頭が割れそうに痛くなる。
 夢の中で、その手の先は顔のない男性とつながっていた。トビアスは彼のことを父親だと思っていた。彼は、薄いもやに包まれている。胸に響く優しい声で、「こっちだ」と手を引いてくれる。もやはしだいに暗くなり、最後は真っ黒になる。そこで、いつも誰かに起こされた。
「トビアス」
 母親の声に目を開けると、月に一度訪れる医者が一緒にいた。
「ほら、ベッドに行って」
 トビアスは言われた通り、ベッドへ座る。すでに全裸だったトビアスに、医者は手早く触診をし、性病の検査キットを取り出した。トビアスの視線はじゅうたんの上にある陽だまりを見つめたままだ。
「このペースで客取らせ続けたら、この子のアナルはあと一年も持たない。栄養失調気味だし、精神も壊れてるし……」
 医者は言葉を止めて、トビアスの体を見た。火傷の痕や擦過傷、打撲の痕が目立つ。
「これで身体まで損傷したら、もう生きられなくなる」
「別にそれでもいいわ」
 母親はそう言い放った。
「本当は堕ろすつもりだった。でも、あの男は一切、お金を出さなかった。私に乱暴した挙句、費用も慰謝料も渋って、それで、生んだの」
 トビアスは母親を見た。彼女がまた怒っている。
「ママ、ごめんなさい、ごめんなさい」
 きっとまた、悪いことをしたから怒っているのだと思い、トビアスは必死に謝った。母親はトビアスの手を払う。
「この子を使って、十分過ぎるほど、吸い上げただろ?」
 子どもに罪はないと言いたげに、医者が口を開く。どうして母親から愛されないのだろう。トビアスは泣きながら、母親へすがるように手を伸ばした。彼女はその手に触れることなく、部屋を出ていく。
 検査キットの結果を見た医師は、「大丈夫」と告げる。それから、少し顔を寄せて、「外へ出たくないか?」と問いかけた。トビアスは濡れたまつげを擦り、医師を見つめる。
「おそと、こわいって、ままがいってた」
 医師は小さく溜息をつき、帰り支度を始める。トビアスは一人になると、ベッドから下りて、じゅうたんの上に転がった。天窓からは青い空が見える。青い空の時は怖くないのかもしれない。だが、夜に起こされる体は、昼時に休息を欲していた。トビアスは重くなるまぶたをゆっくりと閉じた。

 夏の終わりに母親が興奮して部屋へ入ってきた。トビアスはうたた寝から目覚めて、じゅうたんの上に座り直す。
「まま」
 母親はトビアスの両肩をつかんだ。彼女は腹の底からこみ上げてくる笑いを止められない状態だった。怒っていないと分かり、トビアスは安堵する。ひとしきり笑った彼女は、「あの王子が」と言葉を発した。
「あなたを買うって。いくらだと思う?」
 母親は金額を言ったが、トビアスには分からなかった。
「そとに、いくの?」
「そうよ。王子……あぁ、そういえばもう王子じゃないわね。エストランデス家から追放されたって、もっぱら書かれてたわ。でも、ほぼこっちの計画通り」
 立ち上がった母親は、一度、部屋を出ていき、紙袋を持って戻ってくる。
「これを着て」
「おそと、いきたくない」
 ここにいたい、と言ったら、母親はトビアスに視線を合わせた。
「トビアス」
 彼女はトビアスの扱いを心得ており、そっと手を伸ばして、頬や頭をなでた。
「王子のところに行って、彼の言うことをよく聞きなさい。ママのために、できるでしょう?」
 頷かずにいると、「トビアスはいい子じゃないの?」と言われた。外は怖いと教えられ、トビアスにとってはこの部屋が世界のすべてだった。知らない人間のところへ行き、彼の言うことを聞けと言われても、トビアスは混乱するばかりだ。だが、トビアスはいい子でいたかった。
「行くわよね? ほら、服を着て」
 もう一度、頭をなでられて、トビアスは服へ手を伸ばす。服が必要な時は世話係が着せてくれた。自分で着ることができないトビアスに、母親は苛立ち、世話係を呼んだ。

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