falling down23 | ナノ





falling down23

 母親に連れられてきた家は一戸建てだった。記憶にある家と異なる上、知らない男がいた。彼女の新しい恋人だ。トビアスの行動や言動が幼いことに気づいた彼女は、退院するまでの五日間、トビアスに付き添った。傍から見れば、傷ついた息子を支えているように映るが、実際にはトビアスの記憶がないことを医師達へ気づかせないためだった。
 ワインセラーの並ぶ地下はくすんだ窓しかない。その窓も裏庭に生えている雑草が見える程度で、わざわざ誰かがひざをつき、のぞき込まない限り、地下の中を見ることはできない。トビアスがここへ連れられてきてから、母親は業者を呼んだ。業者は壁と天井部に防音施工をし、その後、そこがトビアスの部屋になった。遮音カーテンは光もあまり通さず、トビアスが外を見ることは叶わない。
 ここへ入れられた当時、トビアスは階段を上がり、扉を叩いて、母親を呼んだ。何か悪いことをしたから、地下室へ入れられたのだと考えていた。だが、彼女はただ笑って、トビアスのことをベッドへつないだ。十六歳であるという意識がないトビアスは、自分を八歳だと思い込んでいた。事実、八歳までの記憶しかなかった。抵抗もできず、しばらくベッドへ縛られ、一日一回の食事と時々、シャワールームへ行くことは許された。
「本当にちっとも覚えてないの?」
 トビアスは母親が運んできたパンをかじる。クロワッサンが二つとバナナだった。扉を叩かないと約束してからは、拘束されなくなった。地下室の中で動ける範囲は決まっている。彼女の持ってくる食事を心待ちにするほど、トビアスはいつも空腹だった。頷きながら、食事を続けると、彼女は何か企んだ時に見せる笑みを浮かべた。
 音も光もない世界に慣れることはなく、トビアスは泣きじゃくる。だが、助けを呼んでも、誰も来てくれない。トレイを持って立ち上がった母親へ、「ママ、待って」とすがったら、一蹴された。その日から、トビアスは黙ってうしろ姿を見送る。プレップスクールに戻りたかった。本当はもう十六歳だとしても、また勉強を続けたかった。
 朝か夜か分からない。トビアスは泣きながらベッドへ横になる。記憶を取り戻したい。目を閉じて、どうして忘れてしまったのか考えた。思い出そうとすると、頭が痛くなる。不意に父親に会いたいと思った。すでに父親がこの世にいないことは知っているが、それでも、会いたいと思った。夢の中で、誰かが抱き締めてくれる。トビアスは父親だと信じた。

 ベッドに手足を拘束されるのは、いい傾向ではない。トビアスは母親と彼女が連れてきた男を見つめる。
「噂に違わぬ美人だな」
「私より?」
「悪い。男にしては、と前置きするべきだったな」
 トビアスは先ほど、シャワーを浴びるように言われ、その時にアナルも洗うように指示された。やり方が分からず、突っ立っていると、男がシャワーヘッドを取って、すべてしてくれた。父親の影を求めているトビアスだったが、実際に母親の恋人や壮年の男性が近づくと、体が勝手に震えた。
「ママ」
 男がトビアスの肌へ触れる。指先は肩から背中を滑り、臀部をなぞった。体はぶるぶると震え、悲しくもないのに涙があふれてくる。
「ママっ」
 トビアスが叫ぶと、母親は冷たく言った。
「忘れてるみたいだから、思い出させてあげる」
「……ぼく、なにかわるいことしたの?」
「そうよ」
 肯定されたトビアスは嗚咽を漏らす。
「ごめんなさい、ごめんなさい、もうぜったいしない、やくそくす、るから」
 背後で男が動いた。液体とともに彼の指先がアナルを突く。そのおぞましい感覚を体は覚えていた。
「い、いや、ママ、たすけて、いやだ!」
 涙を拭おうとしても、縛られている手は上がらない。男の指先を中に感じながら、トビアスは泣き叫び続けた。腰をつかむ手に力がこもる。アナルへ触れた男のペニスに、トビアスは母親の姿を見ることができず、視線を落とす。枕の上に涙がにじんでいた。
「っああ、いや、い、た、いあ、ああっ」
 アナルの痛みに拳を握る。トビアスは嫌悪と恐怖から嘔吐を繰り返した。母親の手が髪をつかみ、うつむいていたトビアスの顔を上に向かせる。彼女は満足そうだった。トビアスは必死に声を出す。
「ま、ま、もう、しな、おね、がい、もうしない、から」
 自分が何か悪いことをしたから、お仕置きをされているのだと、トビアスは信じて疑わなかった。母親は何も言わず、階段を上がっていく。何度も、「まって」と言ったが、彼女は振り返らなかった。
 男はトビアスの体をもてあそんだ後、ようやく解放し、拘束もそのままにして地下室を出ていく。トビアスはベッドの上でうつろな視線をさまよわせていた。扉が開くと、階段に光が射し込む。母親の靴音が聞こえた。
「トビアス、もう悪いことしないって言ったわよね?」
 トビアスは力なく頷く。
「私の役に立ってくれる?」
 トビアスはその言葉にも頷いた。
「いい子ね」
 先ほどは髪を引っ張った手が、今度は優しく髪をなでる。母親にそんなことをされたのは初めてだった。

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