falling down22 | ナノ





falling down22

 髪をなでられた気がして目を開けると、そこには誰もいなかった。窓がほんの少し空いていて、冷たい風が入る。トビアスはベッドの上に寝かされていた。起き上がろうとして、腕にある点滴針に驚く。正確には、点滴針までは見えないが、チューブの先にある液体を見て、それが自分の体の中に入るのだと分かり、驚いた。
「ママ!」
 ベッドから下りようとしたが、トビアスは落ちた。思うように体が動かない。床に尻や腰を打ってしまい、痛みから声を上げて泣いた。扉が開き、知らない女性が近づいてくる。
「トビアス、起きたのね」
 雰囲気や声から優しい人だと分かった。彼女はトビアスのことを支えると、ベッドへ座らせてくれる。
「痛いところは?」
 タオルを渡されたトビアスは、涙を拭うことなく、痛みを感じている部分を言い、自ら服を脱いだ。
「……アザになってるわね。一ヶ月も眠ってたから、体が硬くなったのかしら?」
 彼女はそう言って笑った。トビアスは病院から支給されている服の紐をもてあそぶ。
「ママはどこ?」
「すぐに連絡を入れるから、待ってて」
 トビアスは今度こそ、きちんと立ち上がり、窓のほうまで歩いた。紅葉を見ながら散歩している患者や見舞い客達の姿が見える。
「トビアス、お母様、ちょうどお見舞いに来てたわ」
 先ほどの看護師が母親を連れて入ってくる。
「ママ!」
 トビアスは背丈の変わらない母親へ抱きついた。
「あ、え、ええ、トビアス、よかった、目が覚めたのね」
「先生もすぐ来ますので」
 看護師がそう言って、いったん部屋を出た。トビアスは母親の温もりを感じようと、目を閉じようとする。
「ちょっと」
 閉じる寸前に、母親が体を引き離した。
「近寄らないで。自分が何したか、分かってるの?」
 不機嫌な声に、トビアスは不安になる。母親が不機嫌な時や怒っている時は、必ず叩かれる。何をしたか分からないが、トビアスは、「ごめんなさい」と先に謝った。手入れされた爪先がきらきらと輝いている。その細い手が伸びて、トビアスの肩を押した。
「ごめんなさい、じゃないわよ」
 押し殺した声には尋常ではない怒りが込められていた。
「私は王子だけ誘惑すればいいって言ったのに、あなたときたら、よりにもよって、礼拝堂で乱交したのよ? 自分の罪、本当に理解してる? 信じられないわ。あなたが一ヶ月ものうのうと寝てる間に、私が全部、手続きしなきゃならなかったのよ」
 トビアスはさっぱり意味が分からず、うつむいた。
「ご、ごめんなさい、ママ」
「そのママって呼び方、何なの? そんな甘えた呼び方しても、もう遅いわよ。ノースフォレストは退学。ダレンからの養育費も半分。入ったって意味ないけど、ステートスクールに入りたいならどうぞ」
 苛々としている母親へ聞き返せない。だが、トビアスは混乱していた。トビアスは一年ほど前にノースフォレスト校へ入るため、プレップスクールへ通っていると思っていた。自分が目標にしていたパブリックスクールを退学という言葉も、義父になったはずのダレンからの養育費という言葉も理解できない。
「とりあえず、元気になったなら、ここは退院よ。緊急搬送されたのが、この馬鹿高い病院で、目覚めるまで転院できないなんて言われてね、まぁ、学長も多少、隠したいことがあったようだけど」
 母親はトビアスの体にあった軽度の火傷痕のことを話した。
「もしかしたら、何度か無理やりされたかもしれないけど、それももう言っても無駄よ。なんだかんだ言って、結局、ああいうところに集まる連中っていうのは、家柄主義なんだから。王子はあなたが退学にならないよう奔走したみたいだけどね、向こうから直接、関わるなって言ってきたわよ」
 思い出し笑いをした母親は、指で金のマークを作る。
「王子に女性の抱き方を教えたのは、私の息子だって言ったら、かなり引き出せたわ」
 ノックの後、医師が入ってくる。トビアスは母親の話が理解できず、医師の話もあまり分からず、ただ母親の顔色だけを見て、医師へ返事をした。このままリハビリが不要な状態であれば、経過を見て退院することになった。トビアスの身体には障がいが残るような外傷などはないが、筋力が衰えているため、少し運動が必要だと言われた。

21 23

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -