falling down20 | ナノ





falling down20

 その時ちょうど、ジョシュアの声が聞こえた。
「入りなさい」
 学長が言葉を返すと、ジョシュアはコピーされた診断書を持って、中へ入った。診断書はレアンドロスの手に渡り、ジョシュアは彼のうしろへ立つ。
「ジョシュア、ちょうどいいところに来た。おまえから王子様へきちんと話をしていないのか?」
 ジョシュアはかすかに首を傾げる。
「エストランデス家は彼がレアンドロス王子へ接触することを好ましいと思っていないはずだ」
 彼、というのは自分のことだとトビアスは思った。トビアスは元々、母親の旧姓であるシンケルのままだが、彼女が離婚した今、うしろだては何もない状態だった。本来であれば、トビアスは王族の人間に近づくこともできず、いくら校内とはいえ、友人になることもできない身分だ。現在の関係をレアンドロスの家族がよく思っていないのは当然だった。
 ジョシュアはレアンドロスと視線を交えた後、トビアスの肩へ手を置く。
「そのようなことはありません。トビアスは大切な友人です。学長自らが身分差別を助長するようなことをおっしゃらないでください」
 学長は何か言いたげに口を開く。
「レアンドロス王子、トビアスと先に出ています」
「あぁ」
 トビアスはジョシュアに促されて、学長室を出た。
「気にすることはありません」
 歩き出したジョシュアは、こちらへ視線を移す。
「食堂で甘いものでも食べましょう」
 以前の自分であれば断っていた。トビアスは歩みを止めずにジョシュアと並ぶ。
「トビアス、勘違いしてすみませんでした」
 血痕のことを謝るジョシュアに、トビアスは首を振った。午後の授業後は体を動かしたり、予習をしたりすることが多いが、時々、食堂で息抜きをする。すでに集まっていたレアンドロスの友人達が手を挙げた。トビアスは彼らとあまり話さないが、彼らはよく話しかけてくれる。そういう瞬間だけは、自分が普通の人間に思えた。

 寄宿舎の部屋で毛布を手にしたトビアスは、震えながらベッドへ体を横たえた。今夜、抜け出せば、明日、学長へ呼ばれて、約束を守らなかった点について説教を受けるだろう。レアンドロスの前での約束だった。彼に伝わり、不審に思われては困る。
 まだ同室者は戻っていない。トビアスは休暇最後の夜を大事にしていた。レアンドロスは義兄エリックとだけ肉体関係があったと思っている。これ以上、誰かに無理強いされるのは嫌だと思っていた。だが、今学期が始まってすぐ、トビアスはこのベッドの上で寄宿舎内の生徒達によって強姦されていた。
 校内の生徒達だけではなく、不特定多数と性交渉を持った自分のことを知ったら、あの夜の言葉は取り消されると思った。トビアスはベッドの上で小さく丸まる。眠ることができるはずがない。
 枕を濡らした涙を拭い、トビアスは目を閉じる。レアンドロスのことを好きだと自覚してから、本当の愛が何か考え始めた。彼の幸せを願うなら、ノースフォレスト校を卒業後、別々の道を進むべきだ。トビアスはちゃんと理解している。だからこそ、この二年だけ、この校内でだけは、まだ普通の生徒として存在したかった。
「寝てるのか?」
 トビアスは同室者の声に飛び起きる。
「あぁ、起きてる、起きてる」
 同室者のうしろにいた寄宿舎内の生徒達が見えた。廊下の照明で黒い影が迫ってくるように見え、トビアスはベッドから窓際へ移動する。窓を開けて、外へ出ようとした。鍵を引いて、上半身を出そうとすると、うしろから腕を引かれる。
「いやだ、はなせっ」
「プリフェクトの鞭打ちが効いたのか? 最近、ずっといなかっただろ? 寂しかったよなぁ?」
 生徒の一人が窓を閉め、別の生徒が手際よく、トビアスの両手に手錠をかける。
「はなせ!」
 オーブリーがいた頃は、生徒達が大胆になることはなかったが、現在はトビアスがどれほど大声で叫んでも、誰も助けに来てくれない。
「暴れんなって。まったく、おまえは全然学ばないよな。おい、あれ持ってこい」
 寄宿舎内のリーダーでもある最高学年の生徒が放った言葉に、トビアスは抵抗をやめた。
「いや、いやだ、いやだ! だ、だれか、もう、やだ、やめて」
 今学期に入ってからの制裁に、スタンガンを持ち込んだ生徒がいた。抵抗をやめても、拘束された状態で犯されながら、面白半分にスタンガンを当てられた。その時の痛みや恐怖を思い出して、トビアスは泣き叫んだ。以前なら耐えられたかもしれない。だが、トビアスはレアンドロスと過ごした。優しく穏やかに見つめられ、大事に扱われることを味わってしまった後では、何でもないと思い込んでいた性行為も、トビアスの心を壊すには十分な暴力となった。

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