falling down14 | ナノ





falling down14

 レアンドロスの弟ミルトスの思惑がどうであれ、レアンドロスは簡単にトビアスへその愛を分けてくれた。彼はその性格のせいなのか、かわいそうな人間を放って置けないらしい。トビアスは母親の話に合わせて、体の傷も性的暴行もすべて義兄であるエリックがしたことだと思わせることに成功していた。
「レア」
 かつてそう呼ぶように、と言われた。トビアスは今、何のためらいもなく、レアンドロスのことを呼ぶ。ブランド店が並ぶ大通りで見つけたサマーショールへ視線を移した。
「あれ、素敵だよね?」
 展示されているサマーショールは、薄い色のブルーとグリーンが交互に交じり合っている。レアンドロスとショッピングに来るのは初めてではない。涙目で、「家では服は不要だと言われた」とつぶやけば、彼は高価な衣服をいくらでも購入してくれた。今では買い与えられた衣服や装飾品で、クローゼットの半分が埋まっている。
 初めて衣服を買ってもらえた日、トビアスはレアンドロスの頬へキスをした。彼は真っ赤になり、手で口元を押さえ、恥ずかしそうに笑んだ。それから、大きな腕を広げて、トビアスの体を抱き締めてきた。深くて甘い香りを吸い込み、トビアスは彼を抱き締め返した。純粋な彼をだましていることが、心を冷たく凍らせる。
 自分がこの二年間、レアンドロスを利用するように、彼にとってもこの二年間は遊びであればいいと思う。第一王子である彼は、ノースフォレスト校を卒業後、自国へ戻ると言った。イレラント国の国立大学へ進み、国を治め、結婚し、跡継ぎを生ませる。それが彼の使命だ。
「すごく似合ってる」
 購入したばかりのサマーショールは、今日の服装にちょうど合う。店員が気を利かせて、羽織っていくかと聞いたため、トビアスは頷いた。レストルームへ行きたいと言うと、店員が案内してくれる。護衛が一人と、ジョシュアがついてきた。
 トビアスはレストルームで手を洗った。隣に立ったジョシュアが溜息をつく。
「こういうことは君らしくありません」
 トビアスは鏡の中にいるジョシュアを見た。
「俺らしいって何?」
 馬鹿にするような声音で返すと、ジョシュアは小声で言った。
「王子は本気です」
 トビアスは吹き出した。
「大丈夫。今は本気でも、いずれ冷めるから。あいつが好きなのって、俺の顔だろ? 傷でもつけたら、別れるって言い出すよ」
「君は王子を知りません。君の環境については同情しますが、自棄になっているなら、控えたほうがいいと思います。王子はゴシップ誌は読みません。君が何と書かれているか分かっていますか?」
 レアンドロスは王族専属の顧問弁護士を母親へ紹介した。離婚裁判はマスコミに大きく取り上げられている。表に出ない部分で義兄エリックが加えたとされる身体的・性的暴行が母親に有利な展開を生んでいた。だが、もちろんマクドネル家も水面下で反撃している。トビアスがレアンドロスとショッピングする様子を隠し撮りさせ、タブロイド誌へ売っていた。
 母親はトビアスの目は父親の目と同じだと言ったが、容姿は彼女に似ていた。同性同士の結婚が認められるイレラント国、ノースフォレスト校での寄宿舎生活、そして、支払いを第一王子に任せ、大量の買い物を繰り返すスキャンダル女優の息子。タブロイド誌が書き連ねる言葉など、想像に易かった。
「夏季休暇明けは全国試験です。学力面では心配していません。でも、あそこは閉鎖された場所です。君を守りきれるかどうか……」
 トビアスがレアンドロスの隣にいることは、帰省中の生徒達も知っているだろう。全国試験が終われば、制裁は免れない。
 この数週間、トビアスは性的なことをまったくしていなかった。同じベッドで眠っているが、レアンドロスは髪や額にキスする程度で、直接的な行為につながることはしない。それがどれほど精神を安らかにしているか、トビアス自身、気づいていなかった。
 元に戻るだけだ。トビアスはもらったばかりのサマーショールを巻き直す。鏡の中の自分とジョシュアにほほ笑んだ。
「王子はきっといつか、俺が男でよかったって言うよ。孕む心配がいらないって」
 トビアスを犯す相手は、上級生達も含めて時おり、そう言っていた。ジョシュアの横を通り過ぎて、店員と話しているレアンドロスのほうへ歩く。彼が笑いかけた。何の駆け引きもない誠実な笑みだ。オーブリーの瞳と似ていた。ぎゅっと胸が痛んだが、トビアスは気づかないふりをして笑みを返す。

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