falling down13 | ナノ





falling down13

 世の中は平等だというが、神に愛されている人間というものは存在するのだと、トビアスは確信した。レアンドロスは朝から晩まで公務をこなし、まったく勉強していない。だが、彼の成績が自分より上であることは知っていた。彼は家柄、容姿、性格に加えて成績もいい。すべてを持っている。トビアスは窓から庭を見下ろし、自分の両手を見つめた。
 先ほど母親と会った。大広間のテーブルでアップルパイと紅茶を挟んで座った。自分達の他には誰も同席しなかった。彼女はとても上機嫌で、自分が倒れた後、何があったのか教えてくれた。
 レアンドロスはすぐにホテルの一室へトビアスを運び、医者を呼んだ。トビアスの体を見た彼は顔面蒼白になり、母親へ説明を求めた。彼女は泣きながら、レアンドロスへ助けを求めた。
「嘘はついてないわ」
 さらりと言った彼女は、すべてをマクドネル家のしわざだと説明した。離婚したいと申し出ているにもかかわらず、トビアスを人質に取り、応じてくれない。週末や休暇ごとにトビアスをホテルの一室へ軟禁状態にしている。義兄エリックは性的な暴力も振るっているようだ。
 それを聞いたレアンドロスは、トビアスはしばらく預かると言った。離婚の手続きと母親自身がマクドネル家から出る準備を手伝うと約束され、現在に至っているらしい。
「……離婚、したかったの?」
 今さらだと思いながら、トビアスが聞くと、彼女は笑った。
「馬鹿な子ね。エストランデス家は王家なのよ? この家を見なさいよ。息子二人のために借りてるらしいけど、これだけでどれほどの資産があるか、想像がつくわ」
 顔を寄せた母親は呪いの言葉を吐くような低い音で続けた。
「王子はあなたに同情してる。奉仕しなさい。気に入られたら、将来は安泰よ。最悪、抱いてもらった後に病院へ駆け込んで、王子に乱暴されたって言うの」
 母親の考えが分かり、トビアスは視線をそらした。彼女に怒りを覚えるのは、初めてのことではない。
「トビアス」
 呼ばれても返事をしなかった。陶器同士が当たる音が響く。紅茶を飲んだ母親は、きれいに手入れされた爪を見ながら言った。
「否定したいかもしれないけど、あなたは私の息子よ。私の役に立つために生まれてきたの」
 そうではないという言葉は出なかった。彼女の次の言葉に呼吸すら忘れたからだ。
「あなたの父親は私をレイプした。タブロイド誌では殺そうとしたって書かれてたけど、どっちでも一緒よね。娘だったらよかったのにって思ったけど、今は息子でよかったって思ってる。どうしてか分かる?」
 あなたの男性としての矜持が砕かれていくのを見るたびに、あの男と同じ色の瞳から涙があふれるたびに、復讐している気分になれるから。
 トビアスは両手がにじむのを見て、トイレへ駆け込んだ。吐き気がこみ上げてくる。母親は嘘をついているだけかもしれない。自分を苦しめるために、作り話をしただけかもしれない。だが、どうしてそんなことをするのか、という疑問へのこたえが行き着く先は、やはり彼女の話をたどる。自分は彼女から憎まれている。
 便器の中の胃液を見つめながら、トビアスは不平等だと思った。世の中には神に愛されている人間がいる。神に愛されているレアンドロスから同情され、トビアスはとても惨めだった。分をわきまえろ、と言う生徒達の忠告は痛いほどよく分かる。トビアスは本来、ノースフォレスト校で学ぶことなど許されない存在だった。
 母親がマクドネル家と縁を切れば、金銭援助が絶たれるかもしれない。あと二年学べば、国内の最高学府へ奨学金を得て通える可能性が高い。そのためにも、今、ノースフォレスト校を追い出されるわけにはいかない。トビアスは便器に向かって笑った。結局、自分も彼女と同じだ。金のために足を開く。
 強かにならなければ、とトビアスは立ち上がった。足を開く相手が変わるだけだ。最高学府で勉強をして社会へ出れば、そこでようやく出自という枷から解放される。これまで馬鹿にしてきた連中を見返せると思った。
 部屋の中にあるシャワールームへ向かい、トビアスは体を入念に洗った。たった一つ、レアンドロスより長けていることがある。この夏季休暇を使い、トビアスは彼の心を手にすると決めた。二年間だけ、彼の博愛を利用する。
 シャワーから発生する湯気の中で、トビアスの細い肩が揺れた。涙はシャワーに洗い流され、嗚咽さえも飲まれていった。

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