falling down12 | ナノ





falling down12

 レアンドロスからは上品な香りがした。その香りを懐かしいと感じて、意識を失う寸前にもその香りに包まれていたと思い出す。トビアスは彼を抱き返すことはしなかったが、性的な意味合いのない抱擁は、心が落ち着いた。
「俺、帰らないと……」
 いつまでも、こうしているわけにはいかない。立ち上がろうとしたら、レアンドロスが手を貸してくれた。公務にでも行っていたのか、彼は前髪を上げており、いつもより大人に見える。
「帰らなくていい。君はここにいるんだ」
 意味が分からず、レアンドロスを見上げると、彼はミネラルウォーターの入ったボトルをグラスへ注いだ。そのグラスをこちらへ差し出してくる。
「お母様から話を聞いたよ。大変だったね」
 グラスを受け取ろうとしたトビアスは、柔らかなじゅうたんの上にグラスを落とした。
「あ」
 すぐにしゃがんで、グラスを拾ったが、じゅうたんが濡れてしまった。
「申しわけ」
「いいから。君は座って。まだ疲れてるんだ」
 レアンドロスはそう言って、革張りのソファへ誘導する。母親から何を聞いたというのだろう。不安を感じながら、彼を見た。だが、彼はそれ以上の話はせず、外の男に何かを告げた後、隣に腰を下ろした。
「……母と、話がしたいのですが」
「敬語は使わないでくれ。明日か明後日でいいか?」
 本当は今すぐ、と言いたいところだが、正装していたレアンドロスが一息つきながら、ジャケットを脱ぎ始めたため、トビアスはくちびるを結んだ。彼はもう一度、テーブルの上にある新しいグラスへミネラルウォーターを注いでくれる。
「全国試験の勉強、進んでる?」
 礼を言ってグラスを受け取り、ようやく喉をうるおすことができたトビアスは、あいまいに頷いた。夏季休暇に入ってから、勉強などしていない。ノックの後、トレイを持ったジョシュアが温かいスープを運んできた。
「チキンスープです」
 ジョシュアはスープの他に二つの錠剤をテーブルへ置いた。彼は軽く会釈をして、すぐに出ていく。
「何の薬ですか?」
「痛み止めだ」
 トビアスは錠剤とレアンドロスを交互に見つめる。
「でも、俺……どこも痛くない、けど」
 レアンドロスは頷くと、錠剤をテーブルの端へ寄せた。
「そうか。なら、飲まなくていい」
 そっと伸びた指先が左頬へ触れた。レアンドロスは立ち上がり、クローゼットのほうへ向かう。食欲はあまりないが、トビアスはスープを口へ運んだ。久しぶりに温かい物を食べた気がする。不意に視線を上げると、まだクローゼットの前にいた彼が、こちらへ背中を向けたまま、衣服を探している。背中だけで彼がいかに美しい肉体を持っているか分かり、そこから卑猥な想像をした自分を恥じた。
 ここはレアンドロスの部屋だ。今まで眠っていたキングサイズのベッドへ視線を移す。乱れたブランケットを見て、トビアスはベッドを整えるため、立ち上がった。
「そんなこと、しなくていい」
 シャツを羽織ったレアンドロスが、そばにきて手を止める。トビアスがブランケットから手を離すと、彼も手首から手を離してくれた。
「俺はどこか別の場所で寝ます」
 レアンドロスは苦笑して、「どの部屋も空いてない」と言った。窓から庭を見る限り、この家には客室もあるだろう。トビアスはレアンドロスの変化に疑問を抱いた。彼はただ、友達になりたいと言った。それなのに、ここへ姿を現してからの彼の態度は、まるで友達以上を求めているように思える。ミルトスの言葉を思い返し、そわそわとした気分になった。
 自意識過剰だと思う反面、もしも、レアンドロスが自分へ好意を抱いてくれていたら、と想像してしまう。先ほどのような抱擁をもっと与えて欲しいと願った。もちろん、そんな願望は口にせず、トビアスはソファへ体を横たえる。
「君は頑固だな」
 レアンドロスの声は優しく、トビアスの体には軽い毛布がかけられた。目が覚めたら、きっとまたあのベッドの上だ。温かいスープのせいか、トビアスはしだいに眠くなる。誰かにいきなり殴られたり、アナルをいじられたりすることを心配しないで眠ることができるのは久しぶりだった。

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