falling down11 | ナノ





falling down11

「トビアス様?」
 返事がないことを不審に思ったのか、もう一度ノックされる。トビアスはミネラルウォーターを置いて、扉を開けた。
「すみません。気をつかわないでください。何も必要ないです」
 男は少し困惑気味で、「お顔の色がすぐれません」と言った。
「何か温かい飲み物をお持ちしましょうか?」
 その言葉に頷くと、男は嬉しそうに会釈した。中へ戻り、キングサイズのベッドに座る。ラルゴで気を失った後、どうなったのか、まったく記憶にない。トビアスは自分が着ている衣服を見つめる。ほんの少し大きいサイズのブランド服だ。着替えさせてもらったなら、体を見られた可能性が高い。落ち込む気持ちを抑えて、目を閉じる。
「お待ちください」
 開かれた扉に目を開けると、レアンドロスと似た青年が中へ入ってきた。外にいた男が制止したが、彼は、「うるさい」と一喝して、扉を閉めてしまった。青年はまだ少年といっても差し支えない。ブロンドの髪に淡いブルーの瞳は彼ら一族の証らしい。トビアスはすぐにベッドから下りて、彼の足元へひざまずいた。
「お初にお目にかかります、ミルトス王子」
 レアンドロスの弟は夏季休暇明けに、プレップスクールからノースフォレスト校へ入学してくる。兄と同じく聡明だと言われていた。だが、兄に非の打ち所がない分、両親の期待や関心は兄へと向かっていた。大人達の興味を引くためなのか、少々問題児であると聞いたことがある。
「俺の名前、知ってるんだ?」
 威圧的な物言いはレアンドロスとはまったく異なる印象を抱かせた。トビアスは頭を垂れたまま、静かに次の言葉を待つ。ミルトスが発したのは言葉ではなく、行為だった。
「っい」
 髪をつかまれ、顔を上げさせられた。
「レアと寝た?」
 十三歳とは思えないほどの力で髪を引っ張られて、トビアスは両手でその手をつかむ。
「どうせ金目当てだと思うけど、兄を本気にさせろよ。第一王子が男に惚れてるなんてスキャンダル、国で広まれば、さすがに継承権は破棄するだろうから」
 ミルトスの手がようやく離れ、トビアスは髪を押さえながら、彼を見上げた。色々と勘違いしている。その誤解を解かなければ、と口を開いた瞬間、彼が押し倒すようにして、体の上に乗った。まだ身長はトビアスのほうが高い。体重もそこまで重くはなかったが、首を絞めるように伸びてきた手に抵抗できなかった。
「きれいな顔してる。レアの好きそうな顔だ」
 澄んだブルーの瞳はレアンドロスと同じなのに、ミルトスの透明さは危うく見える。大きく振りかぶった手のひらが、頬を叩いた。往復した手のひらは、拳に変わり、トビアスの両頬へ衝撃を与える。痛いと思う暇もなかった。
「ミルトス! 何してるんだ?」
 レアンドロスの声に、往復していた拳が動きを止めた。トビアスは痛みから流れていた涙もそのままにして、声のほうを見る。
「トビアス」
 レアンドロスはひどく狼狽していた。ミルトスはトビアスの体の上から退くと、兄の胸のほうへ泣きながら飛び込む。
「レア、だって、あの人、きっとだましてる。お金が目当てなんだ。レアは優しいから、傷ついた人を放っておけないから、俺、悔しくて……」
 ミルトスは涙声でレアンドロスへ訴えた。彼は弟の背中をなでた後、「おまえの気持ちも分かるが、彼は違う。暴力を振るうなんていけない」と言い聞かせた。トビアスはその兄弟劇を横目に、切れてしまったくちびるの端を指先で拭う。ミルトスの言葉もよく分からないが、いちばん分からないのは自分がどうしてここにいるのか、ということだった。
「部屋へ戻って。今夜は一緒に食事しよう」
 レアンドロスがそう言うと、ミルトスは大人しく頷いた。その時すでにレアンドロスの視線はこちらへ向けられていたが、ミルトスもこちらを振り返っていた。そのくちびるが笑みを形づくる。
「トビアス」
 レアンドロスは仰向けに寝転がっているトビアスのそばでひざをつき、上半身を抱えてくれた。
「弟が失礼なことをした。平気か?」
 痛みはあるが、ミルトスは本気では殴っていなかった。赤くなっている頬をレアンドロスがさする。
「覚えていないだろうけど、君は二日間も眠っていたんだ」
 気を失ったことは覚えているが、二日も眠っていたとは驚きだった。トビアスはそのまま姿勢を変えて、レアンドロスへ頭を下げる。
「こちらこそ、大変、失礼なことを……」
 言葉を止めたのは、レアンドロスに抱き締められたからだ。彼はトビアスの存在を確かめるように、ぎゅっと抱き締めてきた。

10 12

main
top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -