あいのうた番外編8 | ナノ





あいのうた番外編8

 夜は別々の時間に眠るが、朝になると、隣に未来がいる。尊は眠っている時、よく動くほうで、仰向けに眠っても、朝はうつ伏せのことが多い。
 枕の下に入れているはずの右手が温かい。尊は目を開けて、隣で眠る未来を確認した。彼はたいてい手をつないでくる。そっとその手を離し、ベッドから起き上がる。五月も終わりに近づき、朝からじめじめしている日が続いていた。
 尊は顔を洗い、着替えを済ませた後、厨房へ向かう。朝食はタマゴ料理を日替わりにしているくらいで、トーストとサラダは毎日同じだ。喫茶店で出されていたサラダドレッシングは、オーナーからレシピを教えてもらい、三日に一度は作っている。サラダだけ準備をして、自分でコーヒー豆をひき、コーヒーをいれた。一口飲んで、目を覚ましてから、庭へ出て水まきを始める。
 隣といってもかなり離れている。この時間に家の前を通る人間もいない。尊の楽しみは、この早朝の静かな時の中で、山から聞こえる小鳥の鳴き声を聞きながら水やりをすることだ。夕刻は未来がしており、尊はその間に夕飯を作っている。
 テラスから室内へ入ると、まだ眠そうな未来がソファで丸まっていた。
「コーヒー、いれるね」
「お願いします」
 未来はデザイナーだが、時おり、自分で試作もしている。寝室が二階にあるおかげで、彼は夜遅くまでここで作業しているようだった。まだ九時を回っていない。もっと眠っていてもいいのに、と思い、そう言ったら、「あなたと過ごす時間が減ります」と返された。未来は時々、映画みたいなことを言う。尊はコーヒーをいれながら、思い出し笑いをした。

 クリニックからまっすぐ家に戻った尊は、先に降りて、車を駐車場に入れる未来を見た。結局、まだ一度も運転していない。もし、未来が病気やケガをした時、自分が運転して病院へ連れていきたい。
「未来」
 鍵がかかったか確認していた未来が視線を上げる。
「今度、運転の練習してもいい?」
 未来は笑みを浮かべて頷く。陽射しが強い。未来から家に入るように促され、玄関からすぐに広がるリビングへ足を進める。
「お茶しますか」
 未来がカウンターでコーヒー豆の準備を始めた。ソファの前に置いてあるローテーブルへ睡眠導入剤の入った袋を置いた。タイミングよく電話が鳴る。テレビとインターネットと一緒に使えば安いという営業の人間に言われ、電話も加入していた。
「もしもし?」
 尊は奥村だと思って電話へ出た。相手は、「橋口さんのお宅ですか?」と聞いてくる。未来あてだと分かり、彼を振り返る。
「少々、お待ちください」
 コーヒー豆をひこうとした未来へ呼びかける。おそらくファッションブランドの担当者だろう。未来が手を止めて、礼を言いながら受話器を受け取る。尊も翻訳の仕事を回してくれる担当には、家の番号も教えていた。携帯電話へかかってくるほうが多いが、時々、家にもかかってくる。
 尊は聞き耳を立てていたわけではないが、厨房にある冷蔵庫に何かコーヒーに合うお菓子がないか開けたところで、未来の声を聞いた。
「いえ、それは、ええ、すみません。できません、え、あー、そうですね。でも、無理です」
 依頼を断っているのだろうか。未来にしては少し冷たい口調だった。電話を終えた後、豆をひく音が響く。尊は冷蔵庫からシュークリームを取り出した。

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