falling down7 | ナノ





falling down7

 午後の授業が終わった後、トビアスは礼拝堂に来ていた。生徒達はまばらだったが、静かに祈りを捧げては出ていく。長椅子に座り、目を閉じて、じんじんと痛むアナルから意識をそらした。一つ上の上級生二人につかまり、旧校舎のトイレで犯された。自分の体で当たり前のように性欲を満たす相手も、それを日常として受け入れている自分も、吐き気を催すほど気持ち悪かった。
 全国試験は夏季休暇の後に行われる。今年は寄宿舎に残り、勉強させて欲しいと思った。長期休暇の間はほとんど軟禁状態で、義父達のコネクションのために体を使われる。休暇前に事故が起き、彼らが消え、一人ぼっちになりたいと願った。校内での生活なら、卒業までの約二年、耐えられる気がした。そしたら、大学へ進み、将来は、と思い描く。
 トビアスは隣の気配に目を開いた。礼拝堂の中では照明の代わりに蝋燭が赤い炎を燃やしていた。視界の端に炎を映しながら、トビアスは隣に座ったジョシュアを確認する。彼もイレラント国周辺の出身者だと分かる。彼は特徴的な明るいブロンドの髪をセンターで分け、短く整えていた。
「君はとても賢明だと思います」
 レアンドロスの世話役のような存在であるジョシュアが、自分へ接触してきたということは、あまりいい内容のことではないだろうと思った。彼はシルバーフレームの眼鏡を、中指で押し上げる。
「ただ、接触を避けるから、王子は逆に躍起になっています」
 トビアスは前に並ぶ炎へ視線を移す。ジョシュアが突然、「失礼」と言って、トビアスの左腕をつかんだ。礼拝堂の中は涼しいが、季節は初夏であり、制服シャツは半袖着用に変わった。だが、絶対着用ではないため、トビアスのほかにも長袖シャツを着ている生徒達はいる。彼はボタンを外し、長袖を部分を上腕へ向かってめくり上げた。
 青アザに視線を落としてから、こちらを見たジョシュアと見つめ合う。痛々しそうな目で見られて、トビアスは急に恥ずかしくなった。腕を引き、長袖を下ろして、ボタンを閉じる。
「受ける授業はほとんど同じです。放課後も一緒にいたらいいと思いませんか?」
 近づくな、消えろ、と言われると思っていたトビアスは、ジョシュアの言葉に驚いた。彼は彼らのグループへ入れと言っている。
「さすが……」
 本当はジョシュアの言葉に心が揺れた。だが、皮肉な言葉しか浮かばない。
「さすがすべてを持ってる人は違うね。自分達が幸せだから、俺みたいなのを放っておけないんだろう? 一時的にでもかばって、それで、満たされるんだ。俺を救った、てね」
 ジョシュアの表情が歪む。彼もレアンドロスのように清廉で善良な人間なのだろう。いらいらして、トビアスは立ち上がった。
「君は王子様の側近になるんだろう? こういう時、どう言えば、君の願い通りになるか教えてやる。俺に消えろって言えばいい。あいつの前から姿を消せって。俺の存在がなければ、あいつも気に留めることなんかない」
 大声ではなかったが、前方で祈りを捧げていた生徒達が何事かと振り返った。ジョシュアは何かをこらえるようにくちびるを結び、それから、おそらく、「そんなことはありません」と言おうとして口を開いた。だが、彼の口からその言葉は聞こえなかった。トビアスの両肩に誰かが手を置く。
「そんなことはない」
 振り返った先に頭一つ分以上、背の高いレアンドロスが立っていた。
「トビアス、君と友達になりたい。ただそれだけだ」
 トビアスはレアンドロスの腕を払う。
「あなたの気まぐれに付き合う気はありません」
 寄宿舎へ帰ると、ハウスマスターからメモを渡された。義兄エリックからの呼び出しだ。メモを握り潰すようにして部屋へ入る。二段ベッドが並ぶ六人部屋のいちばん奥にある下段ベッドに、使用済のコンドームがばらまかれていた。ゴミ箱を左手に持ち、右手でそれらをつかんでは捨てていく。こんなことで自分を傷つけられると考えているなら、ずいぶん幼稚だ。そう思うのに、トビアスは泣いた。自分と友達になりたいなんて、頭がおかしい。トビアスは心の中でレアンドロスに対して思いつく限りの悪態をついた。
 十九時に迎えを寄越すとだけあったメモを思い出し、トビアスはとまらない涙を拭いながら、家へ帰る準備を始める。友達ができても、彼が一国の王子であっても、自分の存在は変わらない。信じたら、裏切られるだけだと思った。

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