falling down6 | ナノ





falling down6

 運ばれてきた食事へ手をつけると、レアンドロスが安堵した笑みを浮かべた。送迎の車へ乗り込んだ時、まったく悪気のない顔をしたレアンドロスは、「食堂のローストチキンサンドがいいか?」と冗談を言った。トビアスがまったく笑わずにいると、彼はエリックを通して誘ったことを詫びた。
「校内でなかなか会えないから、外で誘ったら会えるかと思ったんだ」
 澄んだ瞳で見つめられ、無邪気な人間なのだと思った。校内でいわゆるトップクラスに属する生徒達は、卑劣な行為をすることはない。家柄も容姿も将来性も、すべてが並外れていて、他人を妬むことなどないのだろう。彼らはたいてい余裕や気づかいが態度に出ていて、鷹揚としていた。
 レアンドロスの周囲には彼とともにイレラント国から留学してきているジョシュアがいる。今日も護衛達の中に混じって、個室の外で待機していた。ジョシュア以外にも、彼の周囲には王族の人間と懇意になることを許された家柄の子息達が集まっている。その中で清廉であり、誰にでも平等に接しているのはほんの一部だ。ビセットのような、教師から信頼されている優等生であっても、トビアスには汚らわしいものでも見る時の視線を送ってくる。
 トビアスは人から受ける視線に敏感だった。手にしていたカトラリーを置き、正面にいるレアンドロスを見返す。上品な仕草で鴨肉のソテーを口へ運んだ彼は、口を動かしながらほほ笑んだ。トミーの話を思い出す。彼が校内にある絶対的な位置関係や指導という名のもとにある制裁を知っているとは思えなかった。
「レアンドロス王子」
 ミネラルウォーターを飲んだレアンドロスが苦笑する。
「レア、と呼んでくれ」
 快活な声でそう言われて、トビアスは内心、彼を馬鹿にした。彼の気まぐれが、自分の学校生活にどんな影響を及ぼしているのか知らないのだろう。トビアスはわざとテーブルへ肘をついた。
「もうお腹いっぱい」
 足を組んで、食べ残しのある皿をレアンドロスのほうへ押す。彼は驚いた様子を見せず、「デザートは?」と聞いてきた。
「王子様の、しゃぶりたいな」
 自分の態度の悪さをあっさり流し、平静を装うレアンドロスをからかうために言った。人差し指でソテーのソースをすくい、トビアスはねぶるように自分の指へ舌を絡める。怒るかと思ったのに、彼は真っ赤になって、視線を外した。どんな人間でも選べるであろう彼が、まだ初心なことに気づき、トビアスは急に心が冷えていくのを感じる。
 もしも、レアンドロスがすでに経験済みだったなら、このまま誘ってもかまわないと思っていた。だが、未経験なら、いつか出会う本当に好きな人とするべきだ。トビアスは椅子から立ち上がる。
「悪ふざけが過ぎました。申し訳ありません。本日はとても楽しかったです。ごちそうさまでした」
 形式的なあいさつをして個室を出ようとした。
「待って」
 うしろからレアンドロスが追いかけてきて、右腕をつかむ。トビアスは振り返り、まだ赤くなっている彼を見上げる。
「……君がゲイっていうのは本当?」
 その質問をする時、たいていの人間は棘を含ませてくる。だが、レアンドロスの言葉には険を感じなかった。頷くと今度は、「付き合ってる人はいるのか?」と続く。トビアスは思わず声を立てて笑ってしまった。恋人という概念そのものが、自分の今の生活とはほど遠いからだ。
「いません」
 レアンドロスは、「そうか」と何度かつぶやき、腕を離してくれた。
「勉強の息抜きに、皆でサッカーをしてるんだ。君も来ないか?」
「付き合う人間は選べと、言われませんでしたか?」
 問い返すと、レアンドロスは悲しげな表情を見せる。
「それは……よく言われる。だから、俺としては選んでるつもりだ」
 トビアスは社交界で身につけた笑みを浮かべた。
「それではまだまだですね。周囲の言葉に耳を傾けて、もっと人を見る目を養うべきです」
 トビアスは呼びとめられないよう、足早に扉へ向かった。右足に受けていた懲罰は、最近、左足へ変わった。教師の中で唯一の味方といえるオーブリーが、足を引きずるようにして歩いていたトビアスに気づき、校内に常駐している養護教諭に診てもらうように言われた。オーブリーには捻挫していたと告げたものの、実際には足首にヒビがあった。懲罰が行き過ぎることなど、よくあることだ。養護教諭はテーピングで固めてくれたが、診断書には捻挫と記載し、プリフェクトをまとめている教師と最上級生であるビセットには、懲罰を加えるなら右足以外に、と言っていた。
 校内でレアンドロスを見たくない。身分の違いだけではなく、すべての違いを見せつけられ、意識させられる。トビアスは、「送る」と背中越しに声をかけたレアンドロスを無視した。

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