falling down5 | ナノ





falling down5

 レアンドロスの周囲には彼を慕う生徒達が集まる。囲まれている彼が自分を見つけるのは困難だと考えていたトビアスは、年明け前にそれが簡単なことだったと知り、彼を避けるようになった。これまでもなるべく目立たないように生活してきたのに、彼は目敏く自分を見つけては、話しかけようとしてくる。
 トビアスは年明け後から徹底的にレアンドロスを避けるようになった。少しでも接触すれば、周囲からの妬みがひどくなり、今まで以上に酷いことをされるからだ。全国試験でAランクの成績をおさめたいトビアスは、寄宿舎ではなく、図書館や空き教室など、毎日場所を変えて勉強に励んでいた。
「トビアス」
 少し高めの声に顔を上げると、トミーが笑みを見せた。十四歳になった彼はこの半年で一気に背が伸び、トビアスが見上げるほどになった。
「ラテン語?」
 トビアスが頷くと、トミーが隣の席へ座る。空き教室の窓は開いており、薫風が二人の間を通った。トミーは数学の問題集を開き、鉛筆を走らせ始める。彼も全国試験を受けると噂で聞いていた。教師からも天才だと言われているようだが、トビアスは彼がこうして努力していることを知っている。出来のいい弟を見つめる眼差しで彼を見ていたら、問題を解く手を止めずに、彼が聞いてきた。
「あの王子、まだあなたにこだわってるの?」
 トビアスは思わず扉を見た。レアンドロスが近づくとすぐに分かる。周囲が彼に注目するからだ。
「……こだわるって、変な表現だ。適切でもない」
 トミーは指の間で鉛筆を回転させる。
「あいつは、あなたが珍しいだけだ」
 トミーの言葉に棘を感じて、トビアスはくちびるを噛んだ。レアンドロスからすれば、確かに自分は珍しい。母親が無名だった時代からプロデューサーとベッドの中で契約を結んできたことや、その後のスキャンダラスな話は知られている。校内ではそういった下品な話は禁止されていた。だが、注意という名の制裁を受ける時、母親のことも言われる。トビアスの実父はドラマチックな話に仕立て上げたい母親のせいで、極悪人としてタブロイド誌で紹介されていた。トビアスはもちろん、本当の父親を知らず、その父親がどんな人間だったのかも分からない。
 トビアスはマクドネル家の権力と財力のおかげでここに存在している。自分が底辺のさらに底辺であることは理解していた。トミーはこちらを見て、難しい表情になる。
「別に、あなたがどうって言いたいんじゃない。ただ……」
 憂えた瞳でこちらをとらえたトミーが苦しそうに言った。
「周りの奴らが、あなたはゲイだから、あなたの父親は母親を殺そうとした麻薬中毒者で、その母親はマクドネル家に体で取り入った人間だから、近づかないほうがいいって言ったんだって」
 トビアスは視線を落とす。言われ慣れたことでも、トミーの口から聞くと悲しくなる。
「知ってる? 王子は、それが? って一蹴したんだよ」
「え?」
 視線を上げると、むっとしたトミーの顔が見えた。
「嬉しい?」
 嬉しくないと言えば嘘になる。思わず頬が緩んだ。トミーが勢いよく席を立つ。
「トビアス、僕だって、それが何? って思ってるよ」
「うん、ありがとう」
 すぐに礼を言うと、トミーは手に持っていた参考書を落とした。
「あ……僕のほうが、しかも、僕のほうが先にそう思ってたし、そう言ってやったんだ。あいつら、本当はあなたが羨ましいんだ。きれいで、勉強もできて、自分のことを卑下しないで、潔いから」
 早口にそう告げたトミーはそのまま教室を出ていった。トビアスは小さく笑う。興奮すると早口になる癖は直っていない。見た目だけ大人になり、中身はまだ自分の知るトミーであることに、トビアスは安堵感を覚えた。

 義兄エリックから連絡を受けて、土曜日の昼に帰宅した。ランチに招待されていると聞き、これまでの経験から壮年の男性が喜びそうな下着とカジュアルスーツを選ぶ。ノックもなしに入ってきたエリックが、馬鹿にするように笑った。
「さすが、あの女の血が流れているだけある」
 トビアスは鏡へ映っている自分を見て、大きく開けていたシャツのボタンを閉じようとした。
「今日の相手はレアンドロス・エストランデス王子だ。三十分後にあちらの迎えがくる」
 拳を握ったトビアスに、エリックは嘲るように言った。
「仕事や政治の話ではないらしい。あちらは純粋に、おまえに興味を持ったようだな。私達の神聖な母校で、いったいどれくらいくわえ込んでる? 定期健診は月二回にしたほうがいいか?」
 返事を待っているわけでもなく、エリックは言うだけ言って、扉を閉めた。涙でにじむ視界の中で、控えめなカジュアルスーツを探す。すべての色がぼやけていた。

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