vanish34 | ナノ





vanish34

 テーブルに並んだつまみ系のお菓子と缶ビールで乾杯した要司達は、慎也には甘ったるい炭酸飲料を持たせてくれた。話はほとんど職場でのことだったが、慎也にも人間関係を説明してくれて、疎外感はまったくない。
 一通り話し終えた後に、慎也の受験の話になった。
「あ、別に話したくなかったら、話さなくていいですよ?」
 おそらくいちばん年下であるはずの慎也に、質問をした青年が敬語を使う。慎也は少し恐縮しながら、首を横に振った。
「平気です。センター試験の日、体調崩してしまって、受けられなかったんです。A大一本だけだったから、来年を待つか、私立へ行くかだったんですけど、結局どっちも選べないまま今まで家に引きこもってました」
 嘘をつきながら、慎也はほほ笑みを浮かべた。右手が強く左腕を握っている。
「来年、受けないのか?」
 タカからの問いかけに慎也はうなだれる。
「親はA大しか認めないって言ってて、でも、浪人もダメだって」
 雰囲気を暗くするのが嫌で、慎也は明るく告げる。
「でも、俺、本当は勉強嫌いで、家を出て働くほうがいいと思ってるんです。だから、これから仕事探そうかなって……」
「そっか。じゃ、まずは求人情報、見ないとな。どんな業種がいいんだ?」
 要司が顔をのぞき込んでくる。
「な、何でも」
「何でも? 接客とかピッキングとかいっぱいあるぜ?」
 青年の一人がそう言ってビールを一口飲んだ。
「清陽卒業だろ? バイト経験ないんじゃない? そんなんで働けんのか?」
 別の青年がそう言って、慎也はあいまいに頷いた。
「石橋」
 要司がその青年の名前を呼んだ。ひどく冷たい声だった。
「今日は泊まんの?」
 ずっと黙っていたタカがタバコに火をつける。
「あぁ、俺んとこに」
 慎也の代わりに要司が答える。タカが煙を吐き出しながら、とんっと慎也の右肩に手を置いた。
「俺んとこに来い」
 それは命令に近い言葉で、慎也は逡巡した後、頷いた。要司の家に泊まるのは魅力的だが、葵から隠れているほうがいい。それに、今の慎也には要司と二人きりというのは辛かった。
「何で? 俺んちのが広いのに?」
「要司さん、ふられたー」
 青年達が笑うと、要司はムッとした様子で、慎也の体を抱き締めた。
「泊まってけよ。ふかふかの布団、あるぞ」
 慎也は要司の体の温もりを感じながら、それでも頷かずにいた。タカが見かねて、要司の手を引き離してくれる。
「タカ、ひっどいなぁ。慎也は俺が先に見つけたのに」
 そう言われて、慎也は内心とても嬉しかった。慎也が要司を見つけたように、彼も自分を見つけた。ロマンチストじゃないが、不思議な縁を感じていたからこそ、彼が気になるのだと思った。
「じゃ、俺ら帰るから」
「え、待てよ。ビール飲んだだろ?」
 要司に言われたタカが、グラスを指さす。タカはビールを飲んでいなかった。
「おまえんちにはこいつらが泊まるだろ?」
「えー、俺、こいつら三人より、慎也一人がいい」
「残念でした」
 タカが要司を笑い、慎也を促した。慎也は立ち上がる前に、要司へ礼を言う。
「また来い。塗装も手伝ってくれよ」
「はい」
 壁の色は温かい色がいいと思った。
 玄関から振り返ると、皆が楽しそうに笑っている。モスグリーンが広がっていく。今度来たら、あの色見本からモスグリーンを選びたい。
 行く先はまったく見えなかったが、慎也は先に進めそうな気がしていた。

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