vanish33 | ナノ





vanish33

 注文した牛丼を半分ほど食べたところで限界を感じ、箸を置くと、要司が眉を寄せた。
「それ、並だぞ。あと一口食べろ。そしたら、お菓子買ってやる」
 子どもを釣る手口に慎也が笑った。
「俺、お菓子いりません」
「げ、かわいげがないな。いいから、もう一口いっとけ」
 慎也は小さな一口をそしゃくした後、腹をさすった。要司が満足そうな表情を見せる。
「後でタカ達もうちに寄るってさ」
 また皆に会えるのは単純に嬉しかった。水を一口飲んでいると、要司がこちらを凝視してくる。何か顔についているのかと思って、口元に手をやると、彼が、「その口……」と切り出す。
「ぶつけた傷じゃない。誰が殴ったか教えて?」
 慎也は要司の鋭い眼光から逃れるようにうつむいた。義理の母親に叩かれたなんて、自分の弱さをさらけ出すみたいで言えない。それに、父親が再婚していることは話していたが、自分と彼女や実父との関係がどれくらい冷めているかまでは話していない。彼女に叩かれたと言えば、どうして叩かれたのか話さなければならず、それを話せばこれまでの出来事を聞かせないといけない気がして、慎也は黙るしかなかった。
「慎也さ、一時期、受験のストレスがすごかっただろう? あの時でさえ、今みたいな表情してなかった。おまえ、本当は何かあるんじゃないのか?」
 まっすぐに見つめられれば、見つめられるほど、慎也はその目から逃れたくなる。
「何もない、です。受験、終わって気、抜けちゃっただけです」
「それ、答えになってないから。慎也、ちゃんとこっち見て」
 右手でぎゅっと左の前腕をつかんだ。好きな人には知られたくないのに、気にかけてくれるのは好きな人だった。嗚咽が出そうになり、ぐっと息を飲み込むと、要司が戸惑った表情をした。また呼吸を乱すと思われたんだろう。だが、慎也は深く息を吐き、小さくほほ笑んだ。顔を上げて、ちゃんと彼を見返す。
「俺、強くなりたいです。いつか話せる時が来たら、その時、話します。だから、今は何も聞かないでください」
 詰まることなく述べた言葉に、要司はまだ納得しなかったが、それ以上は追求しようとしなかった。

 家に帰る道すがら、慎也は要司や彼の仲間達の近況を聞いた。家に帰ってからは、色見本を広げて、ぼんやりとテレビを見た。慎也はずっと、この後のことを考えていた。思い切って家を出たものの、葵に見つかるまでにどこかへ隠れなければならない。
「お、そろそろ来る」
 慎也がふと顔を上げると、要司が立ち上がる。また表情に出ていたのか、彼が苦笑して説明してくれた。
「バイクの音」
 大きな音が近づき、音が消えると、タカの声と数人の声が聞こえた。
「慎也、久しぶり!」
 引き戸を勢いよく開けたタカが、コンビニ袋を提げて入ってくる。
「おー、本当だ。お久しぶりっす」
 彼らの仲間達が三人、ぺこっと頭を下げたので、慎也も頭を下げた。タカがおおげさに抱きついて、頬ずりするように顔を寄せてくる。生えかけのヒゲが痛い。
「何、ダイエット中? 血色悪すぎ」
 タカはそう言うと、いったん体を離してくれた。
「だろう? 牛丼、並も残したんだぜ? もっと食うように言ってくれ」
 要司はリクライニングソファの真ん中に腰を落ち着かせると、テーブルの上からタバコを手に取った。
「慎也、座ってな」
 タカ以外の三人が台所へ行き、コンビニで買ったものを取り出したり、冷蔵庫から缶ビールを出したりしている。自分も何か手伝ったほうがいいのかと立ちつくしていると、煙を吐いた要司がシャツの裾を引っ張る。彼の右隣に座ると、タカが慎也の右隣へ来た。その場所だとソファがないため、直に座ることになる。
「あ、タカさん、こっち来ますか?」
「いい。喫煙者で挟み込んで悪いな」
 タカはそう言って苦笑した。

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